
これはとても個人的な感想だ。
ファミコン探偵倶楽部というシリーズが「そういうことを意図して描いている」という考察的な内容ではない。
たまたまわたしが全く個人的に、ファミコン探偵倶楽部のシリーズをプレイしているとこういうことを感じるという感想になる。
ファミコン探偵倶楽部では「正しいこと」が必ずしも上手くいかない。
正義感に基づいて喧嘩を止めに入る行動、産まれたばかりの子供の将来を純粋に心配して取った父親の判断、兄のために茄子を育てようとした妹と妹のために小さな花束を作ろうとした兄、暴力を振るう父親のもとから妹を連れ出そうとした兄。
おそらく世間一般で、普通であれば上手く行くような、ときには称賛されるような、そうではなくとも正当な在り方と評価されるような愛情や行動が不幸を呼び寄せてきた。
それぞれの気持ちや姿勢が問題だったとは言い難い。ただ、理不尽や全くの不運やほんの少しのすれ違いによって人々は不幸な出来事に巻き込まれていった。
正しい行動、至極真っ当な愛情や心根があっても報われないどころか人生がめちゃくちゃになる不条理が作中にある。
もうひとつ、正しいことができない、という不完全さも目に入る。
弁護士として取り立てられ社会的には成功しても復讐以外に目を向けられなかった在り方も、未成年の息子が犯した殺人を隠蔽した父親もきちんと正義に基づいた生き方をしていればむしろより良い人生を歩めたように感じる。
兄の行方をつかむために自殺した中学生の遺体に細工した刑事も、暴力を振るわれている幼い兄妹を救うために行動できず後悔を引きずる大人たちもいる。
みんなおそらく道義的にも法的にも「正しいこと」がわかっていながら正しい行動ができなかった人たちだ。
正しい行いを実行に移すことは、正しい在り方を考えたり口にするよりおそらく難しい。
この物語にわたしが見出す「正しさ」は、わかっていても行動にできない不完全さを抱え持つ。
そして仮に正しかったり真っ当な愛情に基づいた行動を取ったとしても、その結果不幸を招き寄せることさえあるのだ。
けれど、最後に愛情や正しい解決が救いになることもある。それもまたファミコン探偵倶楽部のシリーズを通して確かにある。
母が愛する息子のために残したお守りは凶行から息子を救い、殺人事件の解決は真犯人に落ち着きを取り戻させた。
正しい事件の解決は生き別れになっていた兄妹に厳しくとも正当に人生をやり直す機会を与え、そして、それが本当に救いであるかはともかく、法で裁かれることのない殺人犯、同時に生きている限り決して叶わない望みを抱き続けた男には死が訪れた。
わたしは愛情や正しさでは回らない人生の在り方と、それでも最後には愛情や正しさが確かな救いになる瞬間をファミコン探偵倶楽部のシリーズにいつも見る。
22. Sep. 2024