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  「風の行方」  5
 

(どっちだ)
 小屋に駆けつけた佐吉は迷った。そこには、二つの異形の気が、待ち受けていた。
 一体の目前に、僧侶の姿を認めた瞬間、何故か体が動いていた。
(はやまったな)
 懐から取り出した小柄を投げ打ちながら、ちらりと、そんな事を思った。
 小柄は、もともと刀の装飾品であり、懐紙を切ったり、髪を整えるためのものである。
投げ打ったところで、手裏剣のような殺傷能力は望めない。
(だが、こいつは違う)
 儚げな蒼い光を引きながら、ぐさりと小柄が赤子の片目に突き刺さった。
「ほう。」
 佐吉の傍らで、気配なき人の嘆息があがった。
 目に見えない壁にぶち当たったように、赤子の体が吹っ飛ばされる。地響きを立てて、
仰向けに倒れていった。とても、小柄一本の力とは思われない。
「だが、まだ未熟」
 呟きを無視して、佐吉は飛び出した。吾空を突き飛ばし、残る手で八角の襟を引っつかみ、二人を小屋へ引きずり込む。息をつく間もなく、背中に衝撃が走った。
「すまねぇが、余計な手出しは、無用に願いますぜ。」
「なんの、まね、だ。」
 激痛をこらえつつ、尋ねる。
 八角は、たわめた鎖を馬手に弄んでいる、それで、佐吉を打ち据えたのであろう。見上
げたその顔の表情は、暗すぎてよくは分からないが、ひどく、歪んでいる。
「蓋(ふた)ぁ、開けてみりゃ、ただのお人好しですかい。」
 のっそりと、小屋から踏み出す。
「あっしの用が、すんだら、お好きにしやせえ。」 
 おお・・・おおん
 目に小柄をつき立てられたまま、天を仰ぎ続ける肉塊に向かい、
「ご苦労だったな、・・・・ここまでだ。」
 吐き捨てるように告げ、いきなり、脳天を鎌の柄でかち割った。思うさま返り血を浴びて振り返り、
「分かるかい、この化け物が。」
 場違いなほどの、明るい笑顔で闇に向かい問うた。
 樵は、それでも、まだその面影を残していた。もどかしげに、断末魔らしい痙攣をくりかえす物体に近寄っていく。その歩みはこの一声で止まった。
「見覚えはある筈ぁねえよな。こいつぁ、あん時は、腹ん中にいたんだからよ。」

                                *
 なんだよう
 せっかく、せっかくあえたと思ったら
 俺の手で送ることもできねえなんてよう
 俺がいくら隠れても、よってくるのは
 おまえら、なのによう

                                *
 それは、脱皮のようだった。
 樵の体中の皮膚が妙な方向に突っ張ったとみるや、細かな亀裂が走り、破れては、はらはらと剥がれ落ちていく。その、襤褸(ぼろ)を纏ったような姿に、この場にいる少なくとも二人には、見覚えがあった。
 
ぎおおおう

 その唸りは、重く、地を揺るがせた。
「そうさ、覚えがあんだろよ、お前さんの弟ごだ。こいつぁな、おっ母さんの腹ン中にいた時分、あいつらの血を浴びたのよ。」
「なんのつもりだ。そこで、脳天かち割られてるそいつぁ、てめぇの仲間じゃのか。」
 佐吉が、脇差をかまえつつ小屋から踏み出る、
「仲間?とんでもねぇ、あっしは人間でさあ。こいつの生き血じゃ、啜りこんでも無駄でねぇ。」
「無駄?何のことだ?」
「聞いたことあるだろよ、あいつらの血を浴びりゃ、死なねえ体になれるてぇ噂を。」
「けっ、随分都合のいい与太話じゃねえか、頭ン中まで、腐れた血の色に染まってやがんのか。」
 佐吉の悪罵を無視し、樵の方へ歩んでいく表情は欲にまみれ、目は血走る程、見開かれている。
「俺達も、手前ン村、襲った時ゃ肝つぶしたぜ。まっさか自分等ン中に化け物が混じってたとはなあ。」
 樵の瞳が、深紅に変わっていく。より濃く、より深く。
「そいつぁ、血に狂ってよ。ちょうど、今の手前みてえになりやがった。見境なく暴れやがって皆の手で膾にされちまったがよ。」
 口の端に涎を引きつつ、八角は続ける。
「ひなびた村で、ろくなモンじゃなかったぜ。けけ、手前のおっ母さんをひっ攫ったはいいが、孕み女でよう。縊り殺していい加減腐れた頃、動きやがって、首を落とされる
まで荒れ狂ってたさ。それで、分かったんだ、噂は本当だってな。」
ごおおおおお
 樵は瞳から血を流していた。鎖鎌による傷口の血には異変がないのに、瞳からこぼれ落
ちた分は、地に落ちた瞬間白煙を上げた。大気に触れ酸と化しているようだった。
「腹ン子を引き出して、同じ臭いのする奴を探し回ったぜ。あん時、女と一緒に直接あいつの血を浴びた手前をなあっ。」
 幾重にも、涙は流れ続け、我が身を溶かしていった。皮膚は崩れ垂れ下がり、もうもうたる白煙に包まれる。その下にはもう新たな表皮は表れているようだった。溶け続け、生え続けるその肢体は、強烈な臭気を放ちつつ、八角へと剛腕を振るった。巨大な襤褸(ぼろ)と化している。
 
「この、ど腐れ野郎が。あの村も手前等の仕業かっ。」
「ひとつ前の村ん時は、出遅れてよ。どっかのおせっかいが追い散らした後だったが、や
あっと、追いつけたのさ。」
「そうして、今度は自分が直接、人を食らう気かっ」
「それの、なにがっ、悪いっ。」
 口から糸を引きつつ、八角が喚き散らした。
「誰だって人を食らって生きているようなもんさ。大人しく死んでくなんて、真っ平なこ
ったっ。」
「やかましいっ、化け物になる前に、人として引導渡してくれる。有り難く思えっ。」
「黙れいっ」
 手にした凶器を振り回し始める。得物の間合いが近い分、佐吉は圧倒的に不利だ。背に
はまだ、痛みが走っている。八角の意図に気づいたのか、樵も近づこうとはしない。
 じゃっ
空気を焼いて飛来した刃は、しかし、佐吉に届くことはなかった。
「七代も祟るだけ、貴公の家が続いてもらっては困るな。」
 心張棒で、鎖を巻き込みながら吾空が凶人を見据える。同時に佐吉が動いた。
 切っ先を突きこもうとするその時、
おおおおおん
 したたかに胴を払われ、たたらを踏んだ。頭を割られ、半身を起こした赤子のその目は、痛みにより怒りに満ちていた。但し、片方だけ。その一撃が限界だったのか、だらりと舌が大地に投げ出された。
「おおおおおっ。」
 武器を捨て雄叫びとともに、八角は白煙に向かい突進した。その体が宙を舞い、小屋の
入り口近くに叩きつけられる。突如、現れた人影が鮮やかに投げ飛ばしたのだ。
「それの相手は私だ。」
 影に相応しい静かな声だった。
 
 

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