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  「風の行方」  2
 

そもそも、俺は自分が何を追っているのか知らない。正しくは、それが何か知るために追い求めていた。だが、あの"求道僧"は違ったらしい。
「最初、私は師を探していた。」
 夜も更けた頃、昼間の一件の影響だろうか、だしぬけに吾空が語り始めた。
「師といっても、正式な弟子など一人もいないお人だったがな。」
 ───詳しい年は覚えていない。まだ、織田某がのさばってた頃だそうだ。
「師の元へ、二人の旅人が訪れた。静かな、影のような人達だった。」
 ───高野の僧の所へ旅人が来るなんざ、そう、珍しいこっちゃねえ。少々険しい山ン
中だが生き方とやらに迷った挙句、わざわざ坊主に金を巻き上げられにいく連中はごろご
ろいる。あの頃は、なおさらだろう。では、何故、まだ鼻垂らしてたような小坊主がその
二人組を覚えていたのだろう。
「影のようなといっても、薄いという訳ではない。とにかく、いままで訪れた連中とは違
う雰囲気だった。静けさが恐怖に繋がるような、いや、実際に何かがあった訳でもないの
だが、、。」
 ───その恐怖感が二人の存在を記憶の底に沈めなかったのか、、。
「不思議なことに、そいつらの存在に他の連中は気づいていなかった。その二人は、数日
間も逗留していったのに、だ。随分、師と話し込んでいるようだったが、内容のほうはさ
っぱり分からなかった。」
 そこで、吾空はやや口篭もった。
「・・・・何日目かの、朝の事だ。毎朝、無駄に広い庭を掃き清めるのが私の役割のひと
つだったんだが。」
 朝靄の中に、ひとつの人影を幼い吾空は見た。二人組の片割れと気付いたのは、そちらを見つめる視線に気付いて、こちらへ微笑を向けてきた後のことだ。
 その眼差しは、童子の胸を憧憬で満たした。美しい微笑みではあるが、それだけではない、なにか・・。
「どうした?」
 佐吉に促され、吾空は回想に耽っていたのに気づいた。
「・・ああ・・・・どうやら、出立するようだった。その場に居合わせた師に私は彼らの
事を尋ねた。」

 師は、彼らの黙礼を不動で受け止めていた。
 『あの人たちは、何なのです?』
 何故か、吾空は誰とは聞けなかった。それは、人間に使う言葉だ。
 『ふふん、小僧よ、見てはならんぞ』
 『?』
 『いずれにしろ、ワシも覗いたひとりじゃて、逃れられはせんがの。』
 『なにを覗かれたのですか?』
 『よいか、今は判らずとも覚えておけよ、戦にしろ、説法にしろ、相手がおるから出来
 る事。皆、お互いを映しおうて己を感じる為にな。』
 『では、今私は、お師さまをお映ししているのですか?』
 『ほうほう、そうじゃ、人間とは人の中に己を見いだすものじゃからな』
 『??』
 『ふふ、相手が童子なら、己も童心へ還る。しかし、その相手が魔ならどうなるものか。』
 『お師さま?』
 『・・・いや、元からそうだったからこそ、渡り合えたものか・・』
 だんだん、細く低くなっていく声に幼い吾空は恐怖さえ覚えた。いつも、好々爺として
いる師の表情とも思えなかった。その頃には、玉砂利の敷き詰められた境内から彼らの姿
も消えていた。足音が無かった事に戦慄を感じたのは、他の僧が朝の勤行を始めるために
姿を見せ始めた時だった。

「その後、ほどなく、師は姿を消した。しばらくたって、高野に妙な噂が流れた。」
 日頃から、ぶらりと何処かへ姿を消してそのまま何ヶ月も消えっぱなしという事はざら
にある人だった。それでいて、勤行中の迫力は他の追随を許さない。となれば、いかに僧だとはいえ、狭い山の中では、詰まらん中傷も飛ぶだろう。その中でも、それはあまりに抽象的で、あまりに陳腐だった。
 師は生に執着するあまり、人を捨て魔と化したのだ、と。
 普通なら、一笑に付してしまうような噂である。事実、数日もすると、いいだした本人も忘れ去っており、何処ぞで、即身成仏しなさった(要するに、野垂れ死にだ)のだろう、
いったところに落ち着いた。だた、一人の例外を除いては。
「私にはあの朝の師の形相が忘れられない。そして、普段の穏やかさも、一体どちらが本
心でおられたのか、この目で確かめずには、居れぬ。」
 一瞬、強烈な光を目に宿し、ひとつ、息を吐いてから再び口を開く。
「師は最後に安土へと向かったという。城下で、人々の話を聞いてまわった。」
 そこで、吾空はひとつの存在に突き当たった。炎上直前の安土城は、魑魅魍魎の巣と化し城内には兵士の怨嗟の声が響いていた、と。その元凶は、業火と共に消え去ったというが、逃げ延びた奴もいた。そして、行く先々で安土の二の舞をやらかしている訳だ。
(これが全てではないな。)
佐吉はそう感じていた。
───そいつがお師匠さまとつるんでるとは思っちゃいねえらしいが、唯一の手掛りだ。
他に当てが無いのなら追うしかあるまい。その旅の空で俺と出くわしたと云う訳か。
「何故、やつは我らを殺らなかったのだ。」
 最後に呟くように吾空は言った。

 一息つくと、吾空はある意志をこめて佐吉を見つめた。佐吉もしばらくは、無視してい
たがやがて堪え切れなくなったように叫んだ。
「ええい、お前さんがかってに話し出したんだ、俺は知らんぜ。」
「では、知っていることを話せ。」
「そういう意味じゃねえっ」
 言うなりそっぽを向いてしまった。子供のような態度とは裏腹なその腕前を、吾空は目
のあたりにしている。逆にいえば、その事しか知らないのだ。一見すれば、すこし遠出を
する町人のような姿である。但し、その剣気と体術を除けばだが。
仕方ない。
吾空はある推測を口に出した。
「忍びの出なのか・・?」
「・・・うるせ。」
その夜は、それ以降、吾空がどう話し掛けても佐吉は返事を返さなかった。

「ほうん、そんでわざわざ、こんな山奥までのお。」
 奇妙な邂逅から幾日かが過ぎ、尾根を一つか二つ越えた頃、一人の樵と出会った。道す
がら、近くの村を襲った男共を探している、と適当な説明をしておいた。
「ほんなら、皆に知らせんとのう、そんなのにうろうろされてちゃあ物騒だで」
「皆?まさか、この山奥に村があるのですか?」
吾空が尋ねる。
「うんにゃ、わしら樵どものちいっとした寄り場みたいなもんでな。いつもはわしが一人
で暮らしてるが、ちょうど、旅の芸人さんらが休んどるで。」
 その言葉を聞いて何かが引っかかった。振り向くと佐吉と目があった。
「それは、ちょうど良い、私達も立ち寄らせて貰いたい。」
「ああ、構わねえが、ちいっと狭いで。」
「あんた、ここでひとりで樵なんぞしてるのか?」
 不意に佐吉が樵に尋ねた。
「わしはそうじゃがな、他の樵どもは山ふたつばっか越えた里に住んでおるんでの。ほか
の樵が来たときの世話もしとるんじゃ。」
「何故、あんたも里に暮らさない?」
「わしは餓鬼ン頃、元いた里を落ち武者の群れに焼かれての。ここに逃げ延びたんじゃ。
そんとき、空いとったのが山ん中の小屋だったんでの、そのまんま、居つかせてもらって
るんじゃ。」
「すまぬ。この男は遠慮を知らぬもので・・。」
 慌てて吾空が取り繕う。
「はは、気にせんでのう。さ、ここじゃい。」 
 案内された小屋はいうほど小さいものではなかった。樵を先頭に三人は日差しの中から薄暗い室内へと足を踏み入れた。
「おや、またお客さんですかい?こんな山奥に酔狂なこった。」
 小屋の奥から明るい声が掛かった。
旅の芸人とは、ずいぶん控えめな表現をとったものだ。吾空は考えを顔に出さぬよう、
注意しながら観察を続けた。どうみても、素破くずれか山賊だ。終始にこやかなのが却っ
て不気味な印象を与えるような連中だった。
ま、私と佐吉とて、同じようなものか。
「私は吾空と申します。見ての通り沙門のものです。こちらは・・」
「・・・佐吉という。だたの破落戸(ごろつき)さ。」
 旅の連れとしては、異様な組み合わせも気にした風もなく、赤ら顔の男が陽気に答える。
「これは、これは、お坊様。痛み入りやス。こちらはあっしが八角、あいつが」
「大腕の徳次さ、剛力で食ってる。」
「もう、お一方、おられるようだが。」
「ああ、お坊様、あいつぁね、口も真っ当に聞きゃしねえうすのろでね。一応、雑用くれ
いはこなすんで。」
 そういって八角が土間で壁に体を押し付けるようにうずくまっている小男をあごで示し
た。促されるように視線を移すと、それをさえぎるように、徳次と名乗った大男が身を乗
り出してきた。
「お坊様よ、何でこんな山奥に来たんで?」
 私が答える前に樵が口を挟んできた。
「何でものう、人を沢山殺しおった奴らがその辺に潜り込んだのを探しに来なすったと。」
「何っ。」
「っ!!」
「そうじゃよ、徳次さん、あんた方よう出っくわさなんだのう。」
 旅芸人達の過剰な反応も単なる驚きの表現と取ったのだろう、樵は気にも留めていない。
首筋にちりちりとした気配を感じて、吾空が振り返ると佐吉があふれでる光を抑える様に
目を細めてその様子を眺めていた。
「もう、日も暮れかけとる、今夜は雲も出そうだし、夜は人探しにゃ向いてないで、お二
方も狭うて悪いが、良かったら留まってくとええでの。」
 奇妙な緊迫感を樵ののんびりした声が砕いた。
 
 

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