menuLove Nonsense2大阪湾上に浮かぶ人工島に造られた関西国際空港。そこへと続く交通網は全て封鎖され、厳戒態勢が敷かれていた。
ハイジャックされた飛行機は、着陸用滑走路のそばの誘導路上に停止している。この便は今朝早くにウラジオストクを飛び立ち、4時間のフライトを経て大阪へと着いた飛行機であった。
そこから約1km離れた場所で対妖魔特殊訓練を受けた特別部隊・特殊警備隊が展開し警備に当たっている。
事態が発生してから一時間強。対応は迅速に進められたが、そこから新たな進展は無い。
「はぁ〜、なにもこんな日に巻き込まれんでいいのに」
「長官、心中お察しいたします」
管制塔の一室に緊急対策本部が置かれている。室内にはコンピューターと各種通信機材、12面マルチモニターが設置され、各部隊からの次々と情報が送られてきていた。
そちらに意識を向けながら総指揮官・百地三太夫は深く溜息をつく。
補佐官は百地の心情を察知し、言葉少なに慰めた。
コードネーム「HAYATE」と言えば、世界中に散らばる対妖魔部隊の中で知らぬ者はいないというくらい有名な人物である。その彼が自分の大切な日によりによってハイジャックされた機内にいるというのだから、運命の皮肉とはわからぬものある。
「現世でも妖魔に邪魔されたとあっては、たぶん激怒してるだろうな」
「彼が冷静であってくれることを祈るばかりです」
モニターは各狙撃手が携行する狙撃銃おスコープに組み込まれたCCDカメラに繋がっており、狙撃手がスコープを介して見る光景がそのままモニタリングされていた。この映像と観測手からの報告をもとに各狙撃手に指示を出せば、狙撃班はすぐにでも動ける状態にある。
「しかしなぁ。犯人からの要求がないとは何事だ?」
「相手は妖魔ですから、理解に苦しむところです」
度々の呼びかけに対しても犯人からの応答は全く無い。時間だけが無駄に過ぎていって、苛立ちばかりが募っていた。
「彼の堪忍袋の緒はどこまでもつだろうか?」
「さ、さぁ、こればかりは私情が絡みますから、……いつまでもつでしょう?」
彼は、ことミッションに関しては冷静沈着なことで知られている。しかし上層部の人間は、彼が意外と人間臭いことも知っていた。彼が私情に走ったとなったらどうなることやら。二人はそれを言葉に出さなかったが、背筋に冷たい汗が流れるのを感じていた。
――くそっ。
左近は内心で舌打ちしていた。
ここはハイジャックされた飛行機の中だ。
腕時計で確かめると、かれこれこの状況が一時間続いている。
犯人は複数の妖魔であった。彼らによって乗客乗員三十名が拘束されている。
しかしだ。この雰囲気は何だろう。見張られている人間たちは完全に困惑し切っている。
――何が目的なのだ?
最初左近は犯人の様子を冷静に観察し、分析していた。しかし数分も経つと、あれこれ思考を巡らせる必要も無いことに気付いてしまった。
なにせ犯人たちは機内を占拠したきりウンともスンとも言わないのである。たまに乗客が動こうとすると威嚇の声を上げるのだが、それが生理現象だったりすると無言で行けと首の動きだけで示す。
つまりだ。犯人であるはずの妖魔たちがあまりにもハイジャック犯らしからぬため、乗客乗員全員が閉口してしまっている状況にある。そして、その状況にいることに左近は辟易しているのであった。
――やはり昨日のうちに帰ってくるべきだったか。
左近は母親の墓前に結婚の報告をするために大陸に渡っていたのである。
左近はハーフである。母親はロシア系の女性で、日本には出稼ぎのために来ていた娼婦であった。左近ができたことから母国に帰ったのだが、左近が小さい時に亡くなっている。
母親の生まれ故郷はロシアの片田舎であった。そこからウラジオストクまで出て、大阪への直行便で日本へ帰ってきたのだが、その機内でなんの因果か妖魔のために足止めを食らってしまった。
今日の式は午前11時からの予定であった。あと一時間ほどしか時間が残っていない。
――もう待てない。
左近の決断は早かった。すっくと席から立ち上がる。
妖魔がこちらのほうを見た。視線が合う。
「すまない。トイレへ行きたいのだが」
通常より穏やかな声音で言葉は紡がれた。
その頃、飛行機の最後尾にある乗務員室では女性のパーサー三人が不安げな面持ちで
椅子に座っていた。
と、微かな呻き声と、何か大きなものが扉に倒れ込む音とが外側から聞こえてきた。
三人同時に顔を見合わせる。何事かが起こった事は口にするまでも無くわかった。
すると、今度はゆっくりとドアが開かれ、誰かが中に入ってきた。
「あ、あなたは……?」
しっ! と押し殺した声で質問は遮られた。
二十歳半ばの男が上着を脱いで、手慣れた様子でハンドガンを抜いている。
「お客様、何をされるおつもりですか?」
男は映画俳優ばりの丹精な容姿であった。赤みのかかった頭髪が凛々しい面差しをさらりと流れる。真剣な眼差しはこちらを向いて、今にも愛を語ってくれそうなくらいに熱く濡れて――。
と、いうのはあくまでも乙女の願望が作り出した映像。実際は闘争本能MAXの状態で、左近は臨戦体制に入ろうとしていた。
よって他人の言葉が耳に入るはずもなく、ましてや綾女以外の女性が目に映っているはずもなく、左近は対妖魔戦用の特殊弾丸の予備を胸ポケットに押し込むと、三人の女性の頭を遠慮なしにグッと床に押さえつけた。
「奴らを片付けてくるだけだ。全員床に伏せていろ」
そう言うと、銃を構えて扉に貼り付き、外の様子を窺い始めた。既にこの状況から抜け出ることだけを左近は考えている。
パーサーたちはヒーローさながらの左近の行動力に目を奪われ、まるで自分たちがこの男に助けられるヒロインのような気分を味わいつつ、男の指示に従ったのであった。
先に機内の異変に気が付いたのは、狙撃部隊A班の者であった。スコープの視界に映る飛行機の窓から断続的に閃光が走ったのが見えたのだ。狙撃手は非常事態に備え、いつでも命令があれば撃てるよう射撃姿勢を取る。
この緊急事態はCCDカメラを介して司令室にも届いていた。室内の空気が一瞬にして張り詰め、幹部たちは事態の予測に余念がない。
窓から見えた閃光は数分間に渡って続き、唐突に止んだ。そして更に数分後、脱出用シュートが展開し、非常用ハッチが開いたと見るや、乗客らしき人影が次々シュートを滑り降りてきた。
「総員に告ぐ! 速やかに突入を開始せよ!」
百地は状況を見て即断した。通信機器を介して、指揮官の命令は現場へと伝わる。
あっという間に飛行機の停止している誘導路は、脱出した乗客と集まった特殊警備隊、その関係車輌で大混乱に陥った。
さて、その中でひとり、場の混乱に巻き込まれること無く、落ち着いた様子で上着を着る者がいた。
「HAYATEどの―っ」
その彼の存在に気付いた者が走り寄ってきた。
「KASUGAか?」
「はい!」
お互いをコードネームで呼び合うのが特殊警備隊流である。KASUGAは左近の後輩にあたる隊員であった。左近が指揮するミッションに参加していたことがあり、彼の顔は記憶していた。
「この度は大変な災難に遭われましたね」
「全くだ。人生、この瞬簡に、こんな経験をする者もまずいないだろうな」
終わってみればトンだ雑魚に足止めを食らったわけで、呆れて苦笑しか浮かんでこない。今日が左近の結婚式だと隊内の者で知らない者はいない。今回のことがニュースとなって隊内に流れることは自明の理であった。
「HAYATEどのはどちらにみえますか―っ」
「ん?」
また名を呼ばれた。声のしたほうを左近は振り返った。今度の隊員は左近の顔を知らないようである。人の中を走り回りながら左近のことを探している。
「お―い、こっちだ。こちらにみえるぞ」
「こちらでしたか。百地長官より通信が繋がっております、どうぞ」
息を切らしてやってきたのは、まだ入隊したてといった感じの隊員であった。彼は用件だけ伝えると通信機を左近のほうに差し出した。
「はい、HAYATEです」
「とんだ災難だったな、左近くん」
「・・・・・・ご用件は何ですか?」
プライベートネームで呼ばれ、後輩と同じ台詞を聞かされ、左近は少々憮然となる。公用でないからこそ本名で呼ばれたのであり、その後に続く台詞を想像して左近はうんざりとなった。
「気持ちは察するが、そう邪険にせんでくれたまえ」
「用が無いようでしたら、通信を切らせていただきますが」
「そう、急かずともよかろう。もうすぐそちらに私からのささやかな贈り物がつく」
左近が解せないとばかりに眉を寄せる。
少しして上空から音がしてきた。それは真っ直ぐこちらに向かってやってくる。
「ま、まさか……」
「花嫁を待たせてはいかんよ」
からかいを含んだ上官の声など耳に入らず、左近は唖然と空を見上げた。
小さな点であった影がみるみるうちに大きくなり、それは騒音を立てて降りてくる。通称アパッチと呼ばれている軍用ヘリであった。
砂塵が巻き上がり、視界が悪くなる。目を細めて機影を捉えつつ、左近は機体へと近づいた。軽やかに昇降段を登って、機内の人となる。
「式場までお連れします」
「頼む」
ふと気が付いて左近は機外に身を乗り出した。外した通信機をKASUGAに向かって投げながら、声を張り上げる。
「長官に伝えてくれ.! HAYATEはハイジャック犯になりそこねました、とな」
「なんですって!!?」
騒音にかき消され、左近の声はKASUGAの耳まで届かない。いや、聞こえはしたが、突拍子も無い発言であったため、何がなんだかわからなかった、とか。
唖然とした表情をしてKASUGAは上空を見上げている。確かめようにも機体は浮上してしまい、言った本人は空の住人となりつつあった。
「あれって、HAYATE流のジョークだよな?」
「さ、さぁ、どうなんでしょう?」
その後、この左近の言葉を長官に伝えるべきかどうか、二人は本気で悩んだらしい。
ひゅうるるるる どっかーん
ひゅうるるるる どっかーん
「ここの主催者は何を考えているのですか!」
「ここの主催者だからこそ、だ!」
30分後、ヘリは無事に目的地上空に到着した。
しかし、到着早々、とんでもない状況に追い込まれている。
なにせ祝賀の花火がヘリに向かって飛んでくるのだから、危なくてしょうがない。
――あの小娘が嬉々として上げてるんだろ。
ご名答。眼下の山からヘリに命中させようと、香我美がお手製の花火玉をほいほいと筒に入れて打ち上げている。
今回香我美が作った花火玉は「彩煙柳」という種類のものであった。快晴、無風の空だからこそ、煙幕が描く柳は美しい。
「くそっ、撃ってやろうか」
「そんな許可は出ていません!」
「実弾は装填してないのか!」
「してません!」
「何のための戦闘用ヘリだ!」
「だから、そんな無茶なこと言わないで下さい!」
半泣き状態になって操縦者は操縦桿を握っている。左近を目的地まで連れていってやってくれと頼まれて、引き受けた仕事であった。それがもう鬼のような形相になって、当人が隣からどやしまくる。
「えーい、まだるこしいっ」
「あ、ちょっと、駄目ですって!」
終いには左近が操縦者の後頚部に手刀を食らわし、操縦桿を握った。操縦不能に陥るギリギリの角度で、山頂を目指してヘリを大きく降下させる。
「・・・ありゃ完全に切れちょるな」
「・・・ええ」
この光景を陣平と龍馬が見上げていた。百地からの連絡で左近がヘリでこちらに向かったとは聞いていたが、まさかこんな歓待が左近に用意されていようとは思ってもいなかった二人であった。
「素直じゃないのぉ」
「何がです?」
龍馬が溜息混じりに独りごちたのを、陣平は不思議そうに聞いた。
「蘭丸じゃ。人の幸せ祝うんなら、もっと別な遣り方があるっちゅうもんじゃろ?」
「まあ、そうですけど、それも無理というものじゃないですか?」
蘭丸という妖魔。ウン百年もかけて野望をかなえようとした彼なら、指一本で左近を弄ぶことができる。それもいい性格をしているから、色々とやってくれるだろう。色々と、いらないことを、い〜っぱい。
――現世くらい、大人しくしていて欲しい。
それが二人の合致した意見である。
――しかし、まあ・・・。
同時に大きな溜息二つ。
間もなく麓にヘリは着く。
髪はトップでシニヨンにまとめ、顔にはナチュラルメイクをほどこす。爪は丹念に磨き、桜色のマネキュアを塗る。纏うのはアメリカンスリーブのシンプルなドレス。両手には肘まであるグローブをはめる。首には天然真珠のネックレスを、耳には同種のピアスをつけ、最後にマリアベールを頭から被れば花嫁の出来上がりだ。
ほぅと傍らに立つ少女が溜息を漏らす。少女の眼差しはどこか夢見がちであった。こんな感じで少女から見られることは毎度のことである。花嫁は思わず苦笑を浮かべた。
そこへノックの音。扉が開いて長身の男が部屋へ入ってきた。
「おう、よく似合ってるじゃねえか。馬子にも衣装ってやつだな」
「まっ、喜平次さん。その言いよう、聞き捨てなりませんわ」
花嫁控え室。綾女は布張りの丸椅子に腰掛けている。その前には大きな姿見が置かれ、優に身長2メートルはある喜平次と、その身長差5、60センチはあろう桔梗とが、一緒になって鏡に映っていた。
「お姉さまは最初っからお綺麗なんです。そこんとこ間違えないで下さい」
「へいへい、そういうことにしときましょ」
「返事に誠意が無い!」
「妖魔に誠意を求めるつぅほうが間違いだろうが」
この二人、会ったときからこんなふうな感じである。ヘアセットとメイク担当・喜平次。着付け兼、花嫁世話係・桔梗。どちらも根が正直なために(?)思ったことをすぐ口にする。その結果がこれだ。
「ま、どんな女でも俺様なら美人に仕上げてみせっけどな」
「・・・喜平次さん、技に溺れる者は技に泣くって、知らないんです?」
「さぁて。俺の辞書に不可能の文字はねぇから」
「その油断で負けたくせに(ぼそ)」
「何か言ったか?」
「い〜え〜」
技とセンスは超ピカいち――それはお互い認め合っているのだが、どうも反りが合わない。特に桔梗のほうは喜平次の冗談とも本気ともない態度が我慢できないらしく、ついつい使う言葉に棘が含まれている。
「だいたい、いつまでここにいらっしゃる気なのです、喜平次さん」
「この手で仕上げた芸術を愛でるくらいいいだろ?」
「もう充分じゃないですか。そろそろひきとってください」
「嬢ちゃん、そんなに『綾之介様』と二人きりになりたいかい」
しかしだ。喜平次のほうも負けてはいない。逆にこちらのほうが一枚上手と言っていいだろう。桔梗に向かって放った一矢は、それは見事に的を射た。
「な、何を、いきなり言い出すんですかっ」
「くくく、ネタはあがってんだよ」
喜平次は勝ち誇ったかのように桔梗を見下ろし、桔梗は顔を真っ赤にさせて喜平次を見上げる。その様子は意地の悪いドーベルマンが、よく咆えるマルチーズを、さてどうやって遊んでやろうかと眺めているようであった。
「あの〜」
そんな二人を両サイドにおいて、綾女はリアクションに困っていた。やっとで言葉をかけたら、同時に二人が振り返った。
「何だ?」
「何ですか?」
「少し、ひとりにしてもらえませんか?」
二人ともが「エ〜ッ」というふうな顔つきをした。
「私、何か、お姉さまの気に障るようなことしました?」
「桔梗ちゃんが悪いんじゃないの」
「俺が何かしたか?」
「喜平次さんが悪いんじゃないの」
「じゃあ、どうして?」
ふたりがハモったところで、綾女は堪らなくなって叫んだ。
「とにかく、ひとりになりたいんです。お願いですから、ふたりとも出て行ってください!」
そしてピシッと真っ白なグローブをはめた手でドアのほうを指差した。
「でも……」
「なぁ」
綺麗にアイラインを描いた綾女の眦が上がっている。このとき二人は二の句を告げられないことを悟った。本当は相手のことを罵ってやりたいのだけど、そんなことをしていたら綾女の本当の逆鱗に触れてしまいそうで何も言えない、何もできない。二人はすごすごと部屋から出ていくしかなかった。
「マリッジ・ブルーってやつか?」
「さぁ、お姉さまに限ってどうでしょう? この結婚に大いに異議は唱えますけどね」
扉を出たところで二人は揃って息を吐いた。自分たちが部屋から追い出された本当の理由を、二人は理解していない。花嫁はとかくデリケートなものだからと結論づけて、疑問は解消させた。ところが、そのあとも二人の会話は続く。
「だから、俺のほうがいいって言ったんだ」
「喜平次さん、何ってことお姉さまに言ったんですか!」
「そのまんまだ。俺のものにならないかってな」
「そんな、そんな言葉で落とせるものなら、私が先に言ってますっ」
「おい、嬢ちゃん。……本気かい?」
「ええ」
綾女が二人を部屋から追い出したのには理由がある。喜平次にはメイクが出来上がるまで口説かれ、桔梗にはずっとさめざめと泣かれた経過があるからである。
綾女の髪は手触りがいいとか、きめの細かい肌だなとか、口紅を塗る段階になって「俺好みの唇だな」と言われたらどんな気持ちになるだろう?
「こんなお綺麗なのに」「あの男がお相手だなんて」「ね、考え直しませんこと?」なんて顔見知りの女の子から言われたらどんな気持ちになるだろう?
もうすぐ今生で左近と結ばれる瞬間が来る。その瞬間には真っ白な心のままでいたい。花嫁なら当然思うことだろう。だから、静かに『その瞬間』を待ちたい。
「左近……」
そこにノックの音がした。
扉が開く。
「あ、あなたは――」
綾女の瞳が見開かれる。
そこには意外な人物が立っていた。
ステンドグラスから柔らかな光が入り込む。その光を浴びて白いタキシード姿の花婿が花嫁の到来を待っていた。
日頃は汗や埃にまみれて戦う彼も、今日ばかりは頭髪を後ろに向かって梳るようにきっちりとセットし、紳士然としている。しかし、意思の強さを秘めた眼差しや姿勢のよさはどのような服装でいても変わらない。彼は彼、どこまでも左近のままであった。
ぎりぎりの到着のよって慌しい着替えとなったが、左近は手慣れた様子で独り着替えを終えた。陣平に頼んだことといえば、胸元のポケットから小箱を取り出し、二言くらいの伝言とともに、それを渡したことくらいであった。
祭壇正面には牧師を立つ場所があり、三枝陣内が立っている。髪は総毛立っているし、金物のアイマスクをしているし、かなり異様な牧師様だが、まあ『朧』の息のかかった教会なのだから仕方ないだろう。聖歌隊は猿みたいな妖魔・餓邪だし、オルガン演奏者は触手を駆使する昆虫のような妖魔・蚩蟆だし、異様なことを数えたらきりがない。
参列者に至ってはごく普通の人間たち――だと思うのだが、3割くらい変な感じの人たちが混じっている。角やら、尻尾やら、牙やら、爪やら、ちょっと隠し切れていないのは下級の妖魔たちだ。上級妖魔ならそんなへまはしない。すると人間の中に占める妖魔の割合はもう少し高くなるだろう。いつのまにか蘭丸と香我美も服装を着替えて、最後尾の席についていた。
午前11時。式の開始時刻となった。
厳かにパイプオルガンの音が流れ始めた。
餓邪の歌い上げる賛美歌はとっても微妙なものだったが、とりあえず聞けた。
それよりもだ。左近は玄悠斎が慌しくやってきて席についたほうが気にかかった。木塊の親父殿には綾女の父親役をお願いしてある。その彼がここにいるとなると、綾女は誰とバージンロードを歩いてくるのだろう?
綾女は沖縄の生まれである。両親は早くに他界し、祖父母夫婦に引き取られて離島で育ったのだが、その祖父母も他界したことから沖縄本島へ戻った。護身用にと身に付けた体術が役立って、その延長から警察関係に入り、ひょんなことから『妖刀』を発動させて特殊警備隊へと転属、左近とは本庁で行われた就任式で再会した。
左近はしきりと玄悠斎のほうを見るのだが、席が遠くて意思疎通が図れないばかりか、式の真っ最中のため目立った動きもできない。
そうこうしているうちに後ろ中央の扉が開かれた。いよいよ花嫁の登場である。
想像どおりの、いやそれ以上の美しさで綾女はバージンロードを歩いてくる。だが、左近の視線は、綾女に腕を貸し、隣を歩く男のほうに釘付けとなっていた。
――この男は誰だ?
年齢は自分より少し上、男から見てもいい面構えをしており、小憎いばかりである。
何となく癪に障って、左近は男を睨みつけた。男のほうも何やら思うところがあるらしく、同じような視線を返してくる。
綾女の手を左近へと預ける――その瞬間であった。左近のほうに油断が生じたせいもあるだろう。男の繰り出した拳があっという間に左近の左頬を捉え、その身体を後方へとぶっ飛ばした。
綾女の悲鳴が上がる。参列者がどよめく。その中で蘭丸と香我美がにやりと笑った。
「何をするんです、兄上!!」
「あ、兄〜〜?」
寝耳に水。綾女に兄がいたなんて聞いた事がない。本庁のPCにもそのような掲載は無かったはずだ。すると、こいつは誰だ? 誰なんだ!? 混乱する頭の中で、左近はしきりと考える。考えてみたけれどわかるものでない。
「綾女、説明してくれ。いったいどうなっているんだ?」
「私にもよくわからないのだけれど、何でも御坊が兄上を甦らせたとかで」
「御坊が、だと〜〜」
御坊といったら忘れてならない。あの良庵である。
「あんの、クソ坊主が〜〜っ」
怒り心頭、どうしたものやら。兄は兄で力一杯左近を殴って赤くなった右手をヒラヒラと振りながら、涼しい顔をしている。左近の目線がきっと上がった
「だいたいもって、あんたもなんなんだ。いきなり俺を殴りやがって!」
「お前こそ私の大切な妹をどうするつもりなんだ。左近とやら」
「状況を見ろ。俺たちは結婚するんだ、結婚っ」
「ほぉ、これが今流の婚儀なのか。それは失敬したな」
「失敬したって、知っててやっただろ!」
鼻でふふんと綾女兄・進之介が笑う。
左近はギリッと奥歯をすり合せる。
一瞬即発。
その瞬間に教会内でクラッカーが鳴り響いた。
ついでにあっちこっちからカメラのフラッシュがいくつも瞬かれる。
何事が起こったかのかわからない。左近は床に座り込んだままで、綾女はその傍に駆け寄ったままで、周囲の異常な盛り上がりを見渡した。
「ご苦労様でした」
その二人の前に蘭丸が進み出た。彼は爽やかに、それはそれは爽やかに笑っていた。
「今回の朧商会の趣向、楽しんでいただけましたか?」
「蘭丸ぅ。お前の仕業かぁ」
心当たりの充分ある左近は低く唸った。
「妹思いの進之助殿のお心をお察ししますと、私も心が痛みましてね」
「この、悪魔がぁ」
「妖魔です」
左近は反論を唱える気力さえ失った。
そこへ畳みかけるように進之介が言う。
「アレくらいのこと同然だ」
「…………」
「兄上……」
無言の左近に、綾女も同情を隠せない。
ともあれ、これで左近は綾女の結婚相手として兄に認められたことになるらしい。
ラブライセンスならぬ『ラブナンセンス』。それが今回の企画名だったりする。ちなみに二人の結婚式の模様は放映権を得て電波に流れた。
半年後にはメモリアルボックスとして限定販売され、完売に至る。