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Love Nonsense1

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 君を愛するのは誰だろう?
 試してみるというのも、また一興。
 

    ***
 

 内に大きな湖を抱くS県。その湖畔を見下ろす小高い山の上に小さな教会が存在する。
 もとは華麗な城があった場所、それが崩壊したあとは史跡として沈黙していた場所、そこにいきなり西洋建築物が建った。
 誰がどんな目的で、どうしてそのような場所にそのようなものを建てたのか? そもそもこのような土地に教会など建てて、誰がここへ来るというのか? それが不思議なことに、ここでの挙式予定は来年の春まで埋っているという。
「昨今、お式を挙げられますのは、人だけとは限りませんので」
 そう言って「朧商会」の社長はにっこりと微笑する。「朧――」とは普通でない連中が資金を出しあって設立させた会社である。普通でない? それはもう。まず彼らは人間ではない。人間界に馴染んだ人外の者がずらり勢ぞろいして、新郎新婦のために心を込めて挙式を世話してくれる。
 世も変わったもので、今では妖魔も市民権を得ている。それというのも、あの、例の、お騒がせな妖星が、五百年の周期軌道を描いて戻ってきて色々あったからだ。色々と本当にあった。何があったか? ――とは聞かないで欲しい。あくまでもif〜の世界、細かなところまでは設定していない。
 話を戻す。先にも話したが、ここでの挙式は人間に限らない。むしろ人外の者が挙式することのほうが多いほどであった。しかし、本日ここを訪れた男女一組は、ごく普通の人であった。ただ、彼らは普通でない前世を持つ。はるか昔は妖魔を狩っていた影忍、そう妖魔とは敵対関係にあった例の二人が、やっと今生で結ばれることとなった。
「いやぁ、めでたい。やっとその気になられましたか?」
 部屋に通され、ソファに腰かけるや否や、若い男女は因縁の相手に言われた。
「お前に言われると、嫌味にしか聞こえんな」
「おい左近、ここで式は世話になるのだぞ」
 二人は名を左近と綾女という。レトロな名前が流行っている昨今、前世の名がそのまま現世の名であったりする。
 そんな二人を前にし、優雅に社長の椅子を温めているのは蘭丸という妖魔であった。彼は妖魔の中でもかなりの実力者であるのだが、人間界で生きていかなければならないため、能ある鷹は爪を隠す。
「ご心配には及びません。やるべきことはきっちりとやらせてもらいますから」
 赤を基調とした豪奢な部屋。昔で言うところの南蛮渡来の調度が趣味良く置かれ、大きなクリスタルの花瓶には真っ赤なバラが活けられている。その艶やかな花に劣らぬ微笑を蘭丸は湛える。
 スカイブルーのワイシャツにバイオレットのネクタイ、上下オフベージュのスーツに身を包んだ彼は、当時の麗しい容貌のままだ。昔、「殿」の小姓をしていただけのことはあり、接客業も堂に入ったものである。
「至極当然の対応だ」
「左近っ」
 部屋に通されたときから、左近はずっと仏頂面であった。腕を組んでソファに背を預け、一言一言を吐き捨てるように言う。どうもこの妖魔の顔を見ていると、沸々と怒りが込み上げてくるらしい。あと少しで愛しい女の心を掴むことができたのに、この全ての元凶のせいで満月を仰いで死んでいったのだから、その心情も無理からない。
 蘭丸は左近の恨めしげな視線を、ふふんと鼻で嘲笑うかのように平然と受け止めた。冥府魔道から復帰を果たして数十年、それ以前がうん百年という年齢なのだから、現世に生れ落ちた左近など赤子も同じ扱いである。
「嫌われたものですね。でも、あれは――」
 蘭丸は言葉に含みをもたせて、全部を言わない。
 左近の表情が強張った。
――こんなところで過去を蒸し返さないで欲しい。
 左近の隣で綾女は米神を押さえた。宿敵と言っても昔の話、これも縁だと式を格安で請け負ってくれるというのだから、綾女としては現実の利点のほうを選びたい。
「左近、いい加減、話を進めさせてくれないか?」
「綾女?」
 低く唸るように名を呼ばれ、左近は一気に現実へ意識を引き戻される。悲しいかな、綾女の機嫌には超敏感なのであった。
「では、打ち合わせを始めましょうか?」
「ええ、もう、さっさと始めちゃってください」
 左近の頭上でチーンと仏壇のリンが鳴る。女性にとって結婚式というのは人生の一晴れ舞台である。このとき、綾女が左近のことをすっぱりきっぱり切り捨ててしまっていても、仕方がなかったことといえよう。
 午後三時。途中で休憩を挟んだ。
 蘭丸が卓上のベルを鳴らすと、ゴシックスタイルのメイド服を着た香我美がワゴンに三時の用意を載せて部屋に運んできた。
 耳の下あたりで切り揃えた黒髪に深紅の瞳、年齢は十四歳くらいと以前より少しだけ大人びているが、彼女の風貌も昔とあまり変わらない。どうやって生き返ったかについては想像にお任せする。
「ご苦労様」
「ありがとう」
「いえ、お粗末さまでス♪」
 主である蘭丸と客である綾女の両方から感謝され、丸盆を抱えながら香我美ははにかむ。彼女のきゃぴっとした仕草は現代に入ってから学んだものらしい。こんなところはかなり昔とギャップがあるが、妖魔も現代っ子の時代、生き返ったからには別の人生を歩んでいる。
「どうせ俺は根に持つ性分さ。いつまでも昔のことを引きずってるよ」
「もう、左近ったら、いい加減大人気ないぞ。ごめんなさいね、こんなので」
 英国式のアフタヌーンティ。使う陶器はウェッジウッド社製のコロンビアパウダールビーのシリーズだ。紅茶はロイヤル・ブレンド・ティ。銀製のケーキスタンドの一段目にはサンドイッチが、二段目には焼きたてのスコーンが、三段目にはスイートとしてオレンジケーキとフルーツタルトが載っている。
 食べることが大好きな綾女としては嬉しい限りの状況なのだが、相方の左近がいつまでたってもご機嫌斜めのため、そう無邪気に嬉しがってもいられない。ここで蘭丸の機嫌を損ねたら、弾く算盤の桁が違ってくるというもの。
「あ、このスコーン美味しいですね。誰が焼いたのですか? もしかして香我美さん?」
「いいえ、私はそんな器用じゃないです。むしろ壊すほうが得意で♪」
「そ、そうでしたね」
 さらりと事実を言われても、尋ねた本人のほうは反応に困る。香我美の「壊す」には「爆破する」という意味合いが含まれるから、相づちをうつにはかなり躊躇いが生じる。
「これは、ここのパティシエが焼いたものです」
 香我美に代わって蘭丸が綾女の質問に答えた。
 綾女は助かったとばかりに蘭丸のほうを向く。
「パティシエの方が専属でみえるのですか?」
「正確にはシェフがパティシエを兼任しているのですがね。誰だと思われます?」
「さぁ、想像がつかないのですが。私の知っている方なのですか?」
「ええ、よくご存知のはずですよ。お二方、どちらも彼とは刃を交えていますからね」
――・・・・・・はい?
 左近と綾女が顔を見合わせる。
――それって、朧衆ってことなのでは?
 複雑そうな顔をした二人をよそに、蘭丸と香我美はにこやかに笑みを浮かべている。
『左近、お主は誰と戦った?』
『音羽の幻蔵、隠形の喜平次、黒の魔神、森蘭丸とだ』
『綾女、お前は誰と戦ったのだ?』
『三枝陣内、音羽の幻蔵、黒の魔神、森蘭丸とだった』
『……いくらなんでも黒の魔神ではあるまいな』
『……音羽の幻蔵っていうのも、ね』
 二人は恐る恐る蘭丸のほうを振り返った。
「それって、朧衆ってことですよね?」
「それって、朧衆ってことだな?」
『誰だ?』と表情が尋ねている。
「ここの厨房を仕切っているのは音羽の幻蔵ですよ」
――南無三・・・。
 蘭丸の答えを聞いて二人は眩暈を覚えた。
「左近、頼めるか?」
「ああ……」
 綾女はお手上げ状態。代わりに左近が話を継ぐ。
「蘭丸、幻蔵は大学に残って研究を続けているんじゃなかったのか?」
「使用不可の研究なぞつまらんとかで、興味の対象を変えたそうです」
――・・・・・・。
 幻蔵は大検を経て、某有名大学に入った変り種の妖魔である。現在は院生となっているが、なかなか優秀らしく将来を期待されていた。その彼の研究テーマは『毒薬』だったというのだから、「らし」すぎて笑えない。もともとが凝り性だったから、怖いくらいに極めたとか、いないとか。
「もともとが器用な奴でしたからね。あっというまに料理のほうも極めてしまいましたよ」
「そう言う問題か! だいたい食えるものを出してくれるのか?」
「彼の美意識からして完璧なものしかテーブルに出しません」
「だから、あやつの美意識を聞いてるんじゃない!!」
 横から綾女が左近の袖をついついと引っ張った。
「どうした、綾女?」
「たぶん、大丈夫だと思う」
 綾女はテーブルの上を指さした。銀製のケーキスタンドに載せられた――以下略。どうも論より証拠、試食してみろということらしい。
 左近は憮然とした表情で一段目のサンドイッチを手にした。一口……無言、二口……無言、三口……無言。食するごとに左近は不機嫌になっていく。
「ご感想は?」
 左近が最後のフルーツタルトを平らげた時点で蘭丸が尋ねた。
 香我美がティポットから紅茶を注ぎ、左近の前に差し出す。
「食えはするようだ」
「では、幻蔵に披露宴のメニューは任せてもらえますね?」
「判断は綾女に任せる。綾女が許すなら俺はかまわん」
「と、言ってみえますが、いかがされますか?」
「お願いできますか?」
「決まりですね」
 左近はフンとばかりにティカップを傾ける。彼は甘いものを苦手としていた。それを残さず食べたのだから、幻蔵の作ったものはかなり美味かったということなのだろう。素直に認めないあたりは意固地な彼らしいところだ。
「幻蔵にはお二人の門出のために腕を振るうよう言っておきます」
「いらんことは言わんでいい」
 蘭丸の答えに左近はボソリと呟く。
「張り切って、妙なものを出されては堪らないからな」
「左近っ!」
 左近の心情はわからなくはない。負けず嫌いなところも生まれもっての性質だから仕方ないだろう。だが、やっぱり大人気ない。引きつった笑いを浮かべて綾女は蘭丸のほうを見た。
 蘭丸は掌で顔を覆って両肩を震わせている。香ヶ美はといえば、丸盆を抱えて顔を隠しているが、それを持つ両手が小刻みに揺れていた。その後どうなったか――言わずもがなであろう。
 

 夕刻近く、左近と綾女は連れ立って帰っていった。
「今生の彼らは実に初々しい」
 夕暮れの光の差し込む部屋の中、蘭丸はゆったりと椅子に背を預ける。
 机の上を片付ける手をふと止めて、香我美は蘭丸のほうを振り返った。
「嬉しそうですね、蘭丸様」
「お前も楽しみなのだろう? 香我美」
「ええ」
 今回の式進行を請け負うにあたって、蘭丸は算盤勘定を忘れはいない。影忍二人の結婚式である。妖魔の注目を集めており、それなりの二次収益が見込めたのだ。しかし、商売気抜きにして大いに楽しめるイベントでもあった。
「ところで香我美、例のお客様は丁重におもてなししたかい?」
「はい。心を込めてお世話させていただきました」
「ご苦労だったね。で、その方はどちらにみえるかな?」
「隣のお部屋でお待ちしていただいてます」
「こちらへご案内してくれかい?」
「はい」
 暫くして一人の人物が社長室に通された。
「どうぞお入りくださいませ」
「ほう、なかなか。よく似合っておいでだ」
 部屋に通されたのは、二十代半ばを過ぎたくらいの男であった。現代風のいでたちをしているが、少々訳ありの身の上である。実は蘭丸の指示により喜平次がカットを、香我美がコーディネイトを担当し、現在に至っていたりする。
 蘭丸はどうぞと男に席を勧めた。
 男は言われるがままに中央のソファに腰を下ろした。
 香我美は蘭丸の後方に控え、興味深げに男の様子を眺めている。
「少々手荒な歓待をさせていただきましたが、これも貴殿のためとお許し願いたい」
 男が終始無言なのは少々どころででなかった歓待のせいである。なにせ小柄といえ妖魔の怪力で香我美に別室に引きずられていって、好き放題の扱いをされたのだから堪ったものではない。
「お詫びといってはなんですが、こういう企画を立てております。貴殿にも加わっていただきたいのですが、いかがでしょう?」
 そう言って蘭丸が差し出したのは、一冊の企画書であった。
「きっと貴殿のお気持ちにもかなうはずです」
 男は探るような眼差しで蘭丸を見た。
 確信を得ているかのように蘭丸は微笑している。
 男は企画書に手を伸ばし、それに目を通し始めた。
 その様子を蘭丸は満足げに眺め、香我美はふふっと無邪気に笑った。
 

    ***
 

 五月吉日。空は青く澄み、雲ひとつ無い良い天気が朝から広がっていた。
 数多の運命と年月を乗り越えて、ここにめでたく一組の男女が結婚の契りを結ぶことになっている。
 はずだったのだが――――。
 

「左近はまだ到着せんのか?」
「あの、時間を守られる方が、珍しいですね」
 教会の入り口に立って心配げに麓の方を見下ろす男女がいる。龍馬佳代夫妻である。
 いつもはラグビー部の顧問教師として「鬼の木塊」などと言われている龍馬であるが、今日は黒のスーツにネクタイを締め、少々緊張の面持ちでいた。
 その隣に寄り添う形で立つ佳代は淡い紫色の柔らかなラインのワンピースを纏っている。実は佳代のほうが年上なのだが、その美しさは結婚して2年経ち娘が一人いる現在も、二人が知り合った頃、佳代が養護教諭をしていた頃と変わりがない。
 龍馬が目に入れても痛くないほど可愛がっているという「碧ちゃん」は、今回は実家に預けての式への出席であった。
「新婦の準備のほうはどがいなっちょる?」
「桔梗ちゃんが頑張ってくれてますから、もうすぐ終わるでしょう」
「桔梗もなぁ。こと彼女んこととなると、とんでもなく気張るからのぉ」
「それだけ綾女さんのことが好きなのですよ」
 桔梗は綾女が卒業した高校の後輩にあたる。綾女が部活の指導を顧問の先生から頼まれ、桔梗の通う高校に姿を見せた事がきっかけとなり、昔と同じように「綾之介様のためなら」状態に陥ってしまっているのであった。
 綾女が本日着るウエディングドレスを縫ったのも、綾女が持つブライダルブーケを作ったのも、高校の生活科に通う桔梗である。左近の着るタキシードに関しては、依頼するまでもなく桔梗に一蹴されたという話だ。
 ちなみに左近のタキシードを作ったのは「殿」=信長である。彼はファションデザイナーとして今日躍進めざましく、彼が能力的には愚鈍ではなかったことを証明している。ただ生来の派手さは抜け切れないらしく、初対面で会う客を必ず一歩退かせるというから、どんな人物になっているかは想像にお任せする。
「おっ、陣平が来おるぞ。なんぞ知らせがあったのかもしれんな」
 暫くして麓から駆け上ってくる若者の姿が見えた。なにやらとんでもなく急いでいる。
「陣平、何を慌てとるんじゃ。左近から来れんとでも連絡があったがか?」
「それだけだったらっ、どれだけいいかっ」
 陣平は息を切らしつつ報告する。
「何があったがじゃ?」
「実は、今しがた百地長官から緊急連絡があったのです」
「百地殿と言えば、お前さんと左近の所属する特殊警備隊の偉いさんじゃったよな?」
「ええ、そうです。百地長官がおっしゃるには、一時間前に関西国際空港でハイジャック事件が起こったとかで、現在乗客乗員合わせて三十名が人質に取られているのだそうです」
「特殊警備隊が動いたとなると、犯人は妖魔なんか?」
「はい、その通りです」
「で、お前さんや左近にも臨時召集がかかったとか?」
「いえ、それ以上に大変な事態が起きてしまって」
「なんじゃそりゃ?」
「そのハイジャックされたXF805便の乗客名簿に、左近様の名前が載っていたのです」
「なんじゃとぉぉ〜!!」
 素っ頓狂な声が木々の間に響き渡る。
 麓でも関係者一同騒然となっている最中であった。
 
 


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