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         「 安土城址妖異譚 」
 
 

 夏草や 兵どもが 夢の跡 松尾芭蕉
 
 バケモノどもも、夢の跡。
 ああ、なべて世は事もなし。
 ―――――と。キレイに終れれば良かったのでしょうが。
 なかなかどうして……世の中、いろいろあるようでございます。
 

    

   序   安土城址発掘調査員・森辰樹の独白
 

 ―――――さて。
 あの大うつけの手形が目も当てられないほど堂々と出土してしまってから、数日。
 本来であれば通説を覆すようなものの出土は諸手を上げて歓迎するべきなのだが、今回ばかりはそうもいかず。
 その間にもさくさくと実測図は完成し、測量も済み。写真も撮った。
 なにはともあれきっちりと(それはもちろんお仕事ですから)安土城址における遺構としての存在記録ができあがってしまったソレを、一体どうやってごまかしたものかと悩み倒して、終いには胃を壊しかけた私こと安土城址発掘調査員・森辰樹であったのだが。
 ある日、実測図と測量した数値をパソコンに打ち込んで、巨大手形遺構の3D映像なぞを作っていた同僚・日向彰は、例によってそれは冷たく
のたまった。
「……誰も思いつかんと思うぞ? あんなモノ」
 ・・・・・・・・・。
 考えてみれば当然である。
 全長約4メートルの巨大な手形。
 しかし、それを目の前にしたとして、いったいどこの誰が天下にその名も高き安土城がバケモノの巣(文字通り)だったなどと考えるものか。
 ……いや、確かにそれが真実ではあるのだが。我々はそれを知っているのだが。
 土の状態を調べればあの手形にどれだけの重量がかかっているかを調べることはできるし、サイズからあの手の持ち主の身長(体長)を計算することもできる。
 だが、そうして導き出された結論を果たして信じる者があるだろうか。
 ただ、信じてもらえようともらえまいと、どの道我々にできるのは出たものは出たと報告するだけなのだ。
 ………研究者の皆さんの落ちた顎と冷たいマナザシが目に見えるようではあるが。
 我々発掘調査に携わる者の仕事は、「自分の知識を披露する」のではない。
「出土した遺構遺物に各種資料をつき合わせ、今となっては誰も見たことのない過去を推測する」のである。
 出土品、出土状況、 文献記録、化学分析…etc。
 ただし、歴史・考古学の世界には(近代に関しては例外もあるが)決して手に入らない最大のピースがある。
 すなわち、生き証人の目撃証言。
 ……はっきり言おう。この場所の真実を解明しようとするに際し、かつてこの場所で寝起きしていた者としては、「知っていること」をそのまま事実として報告できないのは非常にもどかしい。
 たとえば、本丸跡と呼ばれる場所ににどんな建物が立っていたかなど、私にしてみれば出土した遺構を検証するまでもない。
 いわゆる京都御所の清涼殿風の建物があったことは私の中では至極当然のことであるし、それが階段で天主と連結されていたことも憶えている。
(……殿が一度そのえらく急な階段を踏み外し、下まで転げ落ちたことがあることを知っているのは恐らく私だけだったと思う(笑))
 しかし、当然ただ「清涼殿風の建物があって天主と繋がっていたんです」と言うわけにはいかない。
 現場を掘り進め、資料をかき集め、その証拠を揃えた上で
「出土した礎石の配置より、この場所にあった建物は一般の武家建築物とは異なる、むしろ公家風の様式であり、またそれは内裏の清涼殿に酷似していることが判明。また、天主台の傍にある礎石の位置などから文献の記述にあるように本丸と空中廊下で天主郭と結ばれていたと考えられる」
 ―――と、なる。
 「ここにはこういうものがありました」と、便宜上そのように表現することはあるが、厳密にはあくまでも「データを総合した結果、このよう
に考えられます」、なのだ。
 何百年も前のことを知識として「得た」者はいても、それを体験して「知って」いる者がいるわけがない。
 故に。
 あの巨大手形遺構についてもまた然り。
 我々「往事を知らない現代人」であるところの調査員としては、なぜこんな所にこんなものがあるのかは解りませんがこんなものが出土いたしました、と結論は出せないままに発表するより他にない。(実際、用途不明の出土品というのは少なからずある。)
 つまり。
 ごまかすも何も、要は我々関係者が黙ってさえいれば解らないのである。
 あれが何であるのかも。
 ここに何が潜んでいたのかも。
 ここで何が起こったのかも。
 そして、私が地球侵略を企むバケモノだったことも(笑)。
 アレは今となっては誰も知ることのない、知る必要のない過去の出来事。
 我々の記憶の中だけに留まり、やがては我々と共に消えてゆくもの。
 そのはずだった。

 ―――――だが。
 平成の世が二桁を数え、未来の代名詞だった21世紀に突入し。
 ロボットがダンスを踊ってサッカーをして、子供がポケットに電話を持ち歩き、日韓合同開催サッカーワールドカップがんばれニッポン……とい
う、この平穏な現代の常識に浸りきった我々は、考えていなかったのである。
 そう、こともあろうに……まったく、これっぽっちも。
 
 妖魔は、この世に存在するのだと。
 
 

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