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「独白」
満月だというのに、その姿は雲間に隠れてしまっていた。
それでも、普段よりは明るく感じられる夜道を、ひとり歩く影があった。
「桜ももう終わりだな。」
ふと呟いて、辺りを見回す。確かに淡い色彩は薄れ、代わりにむずがゆいような若葉の色が山全体を覆いはじめている。木立の間にどっかりと腰を据えた大岩に目をとめ、ひらりと飛び移ると、半ばで腰を下ろした。
「最近、同じ事ばかり、考えている。」
他に人影などないのに、まるで誰かに語り掛けるような口調である。周囲の明るさが微妙に変化したのは、急にでてきた風に雲が流れてゆくせいか。
「何故、我らは戦う事ができたのだろう。」
右手を腰の後ろに回す、月明かりより鋭い輝きが生じた。その手にしているのは、刃渡り30cm程の小太刀だった。輝きはそこから生じている。
「妖刀があったから、か?妖刀がなければ、我らが戦う事なぞなかったのだぞ。」
風になびかれ頬にかかる髪を押さえる。
「そもそも、何故、我らの里に御神刀として伝わっていたのだ。口伝までまつわって。」
言葉をきり、目を閉ざす。脳裏に浮かぶのは忘れ得ぬ、あの時の情景だった。青い光のなか、絶叫しつつ形を失っていく二つの影。そのひとつがこちらを向いた。
いや、向いたように感じただけかもしれない。しかし、言葉が直接、頭蓋に響いたのは確かだ。
『うぬれら、自らが何であるかもわきまえず、よくも、、、。呪われるがいい、永遠に。』
その影を完全に飲み込み、光は溢れ出した異形の者達を押し戻していく。
ひとつの別れの後、もうひとつの辛い別れが待っていた。静かに、目を開く。春の夜の暖かい穏やかな風が吹いている。
「影三流は、世の影に生きる者、里の存在すら知るものは少なかったろう。それを、」
他の里の者との交流は決してない、閉鎖的な環境、自給自足を余儀なくされた厳しい生活ではあったが、それゆえに人々の心の結束は固かった。実際、単なる小さな村とみて襲いかかる盗賊団などはまるで相手になるものではない。どのような苦難も、この仲間たちと共にあれば立ち向かう事ができると信じていた。その全てを失うには一夜で足りた。
「奴らは、いとも簡単に探し当て潰していった、、、。」
軽く、息をつく。月はまだ雲に隠れたまま、淡い光の輪郭のみ示している。
「探し当てたのではなく、最初から知っていたかのように。」
ざざ ざざ ざざ
突然沸き起こった強い風に煽られ、木々がどよめいた。
「影流とは、なんだ?この妖刀を護る為に存在したのか?
かつて、あ奴が言った言葉を覚えているか、妖刀は奴が与えたものだと口走ったことを。」
我知らず口調が強くなる。風は収まることなく、その勢いを増したようだ。
「もし、その通りだとしたら、」
その通りだったら、、、頭の中を自らが吐いた言葉が駆け巡る。意識しないまま、言葉は紡がれ続ける。
「我らの存在も、用意されたものだったのではないか?常人の手に渡ったところで、到底この刀の力を引き出すことはかなうまい。いくら心を追い詰められても、それとて限りがあろう。」
激しくなった風に雲が飛ぶように流されていく。白い輝きが時折その姿を覗かせる。
「すなわち、我ら影流も、」
結い上げた髪が、まるで生き物のようにうねっている。地表にある全てを押し流さんと風が逆巻く。
「同じものだから、妖刀の力を引き出し、戦うことができたのだ。」
ざざざ ざざ ざざざ
その先を口に出してはいけない、本能にごく近いところで警告が発せられている。風の音で己の声すらかき消されていく。
「かれ、ら、、、、、、と、、。」
最後の呟きは完全な形にはならなかった。
ようやくに風が弱まり、吹き散らかされた雲間から月が姿を現わした。見上げるその顔は、昏い表情の割に若々しい。
ふと、なにかを感じとったのだろうか、ちらり、と瞳が動いた。小太刀を鞘に収める。
「まだ、お主とは逢えそうにも無いな。」
誰にともなく囁き、月光の道を歩み去っていった。もとの穏やかな風に乗って散り残った桜が舞っている。