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ロマンチスト・エゴイスト ( ※現代版です )
 

箱から取り出し口に咥えて火をつける。
紫煙が一筋立ち昇る。
 

「嫌な奴」
「あ…?」
ミントティーの入ったマグを手にした彼女は、俺の手元を見つめてそう言った。
俺の手元にあるのは火のついた一本のタバコ。
黙ってタバコを持っているほうの手を上げると、彼女はこっくりと頷いた。
「本当は私、タバコの煙って大嫌い」
「初耳だな」
「言ったこと無いもの」
「言ってくれれば少なくともお前の前では止めたぞ?」
そういいながらも、灰皿にタバコが直行していないあたり説得力が薄いが…
すると彼女はとても嫌そうに眉間にしわを寄せながら言った。
「本当は何度か言おうと思ったわよ。でも…」
「でも…?」
聞き返すと彼女の眉間のしわが益々ふかくなる。
その仕種は俺的にはとても可愛い。もっとも、彼女にそれを告げたら怒られるのは必至だが。
「でも… タバコに火をつける時の仕種が様になっていて、止めるのがもったいなかったんだもん」
最後の方は蚊の鳴くような小さな声で、かろうじて聞こえるといったものだったが、俺は腹の底から笑みが浮かんでくるのを止められなかった。
こんな科白、『昔』の彼女だったら死んでも口にしなかっただろう。今だって、耳まで真っ赤になっている。
「お褒めの言葉、非常に光栄」
「馬鹿」
芝居がかった言い回しをしたら、空の灰皿が飛んできた。
キャッチして、手にしたままだったタバコをもみ消す。
彼女はというと、本気で怒り出す一歩手前といった表情。
「どうして昔も今も、そう気障ったらしい事が平気で出来るのよ。もう、本っ当に嫌な奴! しかもご丁寧に今度もそんな茶髪だし!」
そう、俺の髪は『昔』も今も茶色い。とはいっても別段染めている訳では無い。たまたま今の親から貰った遺伝子の都合でそうなっただけのことだ。
「自分はそんな色なのに、私が染めようとすると怒るし」
「だって勿体無いじゃないか。そんなに綺麗な黒髪」
彼女の黒髪は今も『昔』もつややかで見事なものだ。それをわざわざ染め替えるなんぞそんな勿体無いこと誰が許せるか。
可能な限り真面目な表情を作ってそういうと、彼女の肩ががっくりと落ちた。
「…だから、どうしてそう…」
もうそこから先は言葉にならないらしく、ミントティーを口に運ぶ。
そんな彼女の様子に、俺は笑みを浮かべた。
 

今とは違う時代、違う顔、違う名を名乗っていた時に俺たちは知り合った。
別れの後、万に一つにも無い確率で俺たちは互いの記憶を持って再会することができた。
あの時に言えなかったこと、あの時にできなかったことができる、今の幸せ。
あの時とはまた違った魅力を俺に見せるお前。
もう、手離す気は無い。
 

「それなら、これで気を直してくれるか?」
言って、きょとんと俺を見上げる彼女の唇にキスを一つ。
彼女の口元からは仄かにミントの爽やかな香がした…
 
 

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