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今昔花見二景
 

◆ Old Times ◆
伊賀で迎えた春。
山の中腹に一本の桜があることに気が付き、ある晩、興味の赴くまま行ってみた。
雲は多いものの、天空に輝く月は満月。
月明かりを頼りに歩を進めると、満開の桜の大樹にたどり着いた。
今が盛りの花枝から舞い落ちる、花びらはどこか儚げで、どこか雪を思わせた。

満開の桜の大樹。
降る雪のごとく舞い散る花びら。
空には月。

――雪月花――

そんな連想がごく自然に浮かぶ。
その時、自分以外の人間の姿に気が付いた。

「左近」
「綾之介」
 

そのまま二人、桜の下で花を眺めた。
言葉を交わすこともなく、ただ傍らに互いの存在を感じつつ花を見上げる。
ふいに強い風が吹き、大きく枝がしなった。
満月を背景に、花が激しく舞い散る。
見事、としか言いようの無い風景だった。

「凄いな」
「ああ凄い」

ポツリと月並みな感想を漏らすと、意外なことに、傍らからも同じ言葉が返ってきた。
そのまま二人、時を忘れて桜に魅入った。
 
 
 
 

◆ Nowadays ◆
「綺麗だね」
満開の桜の下、弾むような足取りで数歩先を歩いていた彼女は、俺の方を振り返ると笑顔を浮かべて素直な感想を口にした。
夜桜見物に誘ったのは正解だったようだ。

今晩の散策に選んだ場所は、とある城址公園。
特に桜の名所というわけではないが、堀に沿った道なりや公園内の随所に桜が植えられているのと、管理している自治体が園内の各所に設置したライティング設備のお陰で、今の時季それなりに見ごたえのある景観を作り出している。
実際、ライトアップされてた桜が映る堀の水面の様子なぞは中々に幻想的で、その地点は写真愛好家たちの絶好の被写体になっていた。

「……あ」
ふいに小さな声をあげると、彼女は通常の散策路から外れた道に入っていった。
「おい?」
怪訝に思って声をかけると、彼女は手招きして俺を呼んだ。
「ねえ、こっち。来てみて」
「………?」
乞われるまま彼女の元へ向かうと、そこには今まで歩いていた散策路の桜並木とは違い、一本だけで咲いている桜があった。
俺が彼女の隣に並ぶと、彼女は笑って俺の手を引いて桜の下に入った。
そしてそのまま天を指差す。
天に在るのは、冴え冴えと光り輝く見事な満月。
「……昔も、こうやって二人で桜の下から月を見たことがあったよね」
囁きに近い小さな声で彼女が言う。
それは、本当に昔のこと。今とは違う名と姿を持っていたときの事だ。
俺は小さく頷くと言葉を紡いだ。
「……そうだな。あの時もこんな満月だったな」
「うん」
そのまま無言で二人、桜の枝越しに満月を眺める。
と、彼女が突然笑い出した。
「なんだ?」
唐突なアクションに面食らって問いただすと、彼女はまだ笑い足りなげな様子ながらも律儀に答えてくれた。
「ご、ごめん。月を見ていたら、桜を見た時とは別に二人で満月を見た時のことを思い出して…っ」
「別に満月を見た時?」
ここまで思い出し笑いをするような事があっただろうか、と、記憶を巡らし――程なく思い当たった。

『見ろよ。月が……月がまんまるだぜ』

それは、前の生で彼女と自分、互いが肉をもった存在として交わすことができた最後の言葉の内の一つ。
確かに、いま冷静な頭で思い返すと、恥ずかしいというか何というかな台詞だ。
もう一度あの場面に戻れるなら、絶対にやり直しをしたい。
そう思えば彼女が笑うのも、最もなことだ。
――が、できれば思い出して欲しくなかった。
そんな想いが顔に出たか、彼女は再び笑い出す。
「こら笑うな」
「ご、ごめっ。でも止まらなくて!」
非常に面白くない。
俺は正真正銘、憮然とした面持ちで彼女が笑い止むのを待った。
ひとしきり笑うと、彼女はふいに真面目な顔で俺を見上げた。
「……でも、あの時のことをこんな風に笑えるのって、凄く幸せなことなのよね」
その言葉に、つと胸を衝かれる。
そうだ。互いに同じ時代に生を受けて出会えることが出来たから、いま彼女は笑うことが出来るし、俺は不機嫌になれる。
俺はそっと彼女を抱きせた。
「この先、いくらでも笑い話にできるさ」
「本当に?」
「本当に」
確認するように問い返す彼女に、俺は笑って答える。
きっと、今の生はその為にあるのだから……

そんな俺たち二人を、月と桜だけが見ていた。
 

END
 
 


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