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「いいか? 5回勝負だからな」
「判ってるわよ。要は全部勝てばいいんでしょう?」
「そう上手くいくかな?」
「いかせてみせるわよ」
「ほーぉ? なら始めるぞ」
その言葉と共に、ガラステーブルの上で100円玉が勢いよく回りだす。
私達は食い意地と煩悩を賭けて、銀色のボールのようになった100円玉に見入った。◆
「はい。製菓業界の陰謀の賜物」
「おうサンキュ」
渡したのはバレンタインの定番でチョコレート。
企業の商魂に踊らされるのはちょっと悔しいけれど、ここで渡しておかないと絶対この男はウダウダ言ってくるに違いないので予防線をはる。
甘党じゃない癖して欲しがるなんて、どうして男ってこういうのにこだわるのかしらね?
いま渡したチョコだって、多分お義理で1粒つまんで、後は冷蔵庫の隅っこに追いやられるのがオチだと思うんだけど……
あ〜そんな扱い受ける位なら私が食べちゃいたいんだけれどなー
あ〜いっそ、チョコ○ッグにでもしておけば良かったかもしれない……
そんなことを考えながら彼のことを見ていたら目があった。
「なんだ?」
彼は丁度チョコを口に放り込んだところだった。
ちらっと見た限りだと、一番甘くなさそうに見えるのを手にした模様。
ほらね、やっぱり甘いの嫌なんじゃない。
「んー? そのチョコ私が食べたいなーとか」
「お前ね… 人にプレゼントしておいて自分が食べたいとか言うか? 普通」
溜め息と一緒の、呆れたような彼の声。でもね……
「でもね、貴方甘党じゃないでしょう? となると、今あげたそのチョコって多分お義理で(以下前文と同じなので略☆)―違う?」
反論なし。きっと彼も今のは否定できないのね。
と、思ったら、いきなり彼が提案してきた。
「なら、賭けをしないか?」
「賭け?」
「そう。俺と何回か勝負して、お前が1回勝ったらチョコを一個食べる」
「私が負けたら?」
「俺がお前に一つ、好きなトコロにキスをする」
「何よそれ」
「ん?いやだってタダっていうのはやっぱりつまらんだろう?」
そ、そーいう問題なの?
「それでなんでキス……」
「俺がそうしたいから。―で、どうする。やるか?やめるか?」
「う―」
なんか、こう物凄く彼の都合のいい方向に話を転がされていっているような気がするんですけれど。
「要はお前が全勝すれば良いだけだぞ?」
心の中で食い意地とキスの確率を天秤に賭けてみる。
「……やる」
軍配は食い意地にあがった。◆
何で賭けをするか――なにせ、賭けの道具になるような物が何もこの部屋にはなかったのだ――「○×」だの「あっち向いてホイ」だの「山の手線ゲーム」だのと、色々候補を上げた末に、結局100円玉を回転させて表と裏どっちが出るかを賭けることにした。
チョコが6粒入りだったから勝負は5回。1個はさっき彼が食べているから、私が全勝すれば残りは全部私のものになるっていう寸法。
ルールは最初に表と裏、どちらに賭けるかを決めておいて、回転させる役を交互にすることにした。
そして始まった1回戦目。結果は―カチンッと小さな音と共に100円玉の動きが止まった。上を向いているのは桜の浮き彫り。
私が賭けていた方だ。
「ふふふ〜〜っ まずは1勝ね♪」
早速、ホワイトチョコでコーティングされている1粒を手に取る。
うわっ、思ったとおり美味しい〜〜vv
その美味しさに、思わず頬の筋肉がゆるむ。
「この調子で残りのチョコも貰うからね!」
私が高らかに宣言すると、彼は口の端だけで器用に笑ってみせた。
「勝負はこれからさ」
「言ってなさい」
再び、100円玉のダンスが始まった。◆
「どうやら運は俺の方に向いてきたようだな」
さっきとは逆に数字の面が出ている100円玉を指差して彼が笑う。
「まだわからないわよ」
勝負は後3回。
「まあな。で、これは俺が勝った時の条件ってことで……」
くいっ、と顎を持ち上げられた。「え?」と思う間もなく彼の顔がアップになってくる。
「…ち、ちょっと待った!」
慌てて私は後ろに仰け反った。
「おーいー 今負けたのはお前なんだぞ」
うわー、目一杯不機嫌そうな顔。でもある意味こんな表情珍しいかも?
じゃなくって!
「や、それは判ってるけどね。今、どこにキスするつもりだった?」
「そりゃー勿論、口に」
……やっぱり。
「異議有り」
「ルールは『好きなトコロに』だったはずだが?」
「だって、何だかそのままなし崩しにされそうな気がするんだもの」
過去に一体どれだけそういう目に遭ったことか……
「…………」
返事なし。てか、貴方いま目が泳いでいるんですけど。
「そのつもりだった訳ね?」
またまた無言。これって、完全に肯定の意味よね。
「ルール改正を要求します。賭けの妨害になるようなトコロにはキスしないこと」
びしっ!と人差し指を突きつけて言うと、いかにも不承不承という感じで彼は頷いた。
「はいはい畏まりました、お姫サマ。んじゃ、仕切り直しな。目、閉じろ」
「ん」
言われて目を閉じると、吐息と共に柔らかい感触のものがそぉっ、と頬に落とされた。
それは触れるか触れないかの、本当に微かなキス。
なんだか無性に照れくさくなるキスだった。
「さ、さー続き、やるわよ」
慌てて目をあけると、私は有無を言わさず100円玉を回転させた。◆
3回目は私の勝ち。
食べたのはココアパウダーをたっぷりまぶしたトリュフタイプのチョコレート。
4回目に勝ったのは彼。
キスされたのは、おでこ。
約束どおり口へのキスではなかった訳だけれど、やっぱり照れくさくなるキスだった。
そしていよいよ最後の勝負。100円玉の動きが止まった。
「さて、これで最後だな」
「……そうね」
上を向いているのは、彼が賭けていた方の数字のある面。
と、言うことは彼が勝ったということで……
がっくり、と私は肩の力を落とした。
さようなら、私的に最後のお取り置きだったナッツクリームチョコレート……
冷蔵庫の壁の花になる運命から救えなかった私を許してね。
「おい、何もそんなに落ち込まんでも……」
呆れた口調の彼の声。
ほっといて頂戴。私はいま落ち込むのに忙しいんだから。
「あのなついでに言うと、俺、最後の賭けに勝ったキスをまださせて貰ってないんだが?」
………………そういえば、そんな約束があったわね。
思い出したくなかった事実を思い出して(というかさせられて)しぶしぶと顔を上げる。
すると嬉しそうな…っていうよりも「待ってました♪」とでも言いたげな表情の彼と、目があった。
「もう賭けは終わったんだから、ここにしても妨害工作じゃないよな」
そんな台詞を嬉々とした口調で吐きながら、顔を近づけてくる。
何のこと?と問いただす間もなく賭けの最後のキスは始まった。
「〜〜〜〜〜〜っ!!」
最後のキスは甘く、息苦しくなるような長い長い唇へのキス。
彼のキスで、私の中の時間はしばし止まった。
あと少しでいつものパターンになってしまうかも。
と、ぼんやりとした頭で考えたところで、キスは終わった。
彼はというと、すっかりご満悦の表情。
「ご馳走様。チョコ味で甘かったな」
「……っな」
なんてこと言うの!と抗議の声をあげるよりも早く、彼の次の言葉が降ってきた。
「来年もこの賭けやってもいいぞ」
「やだ!」
「そうか?俺はこんな賭けなら大歓迎なんだが」
「寝言は寝てから言って!」
マッハの速さで即答すると、彼は軽く肩をすくめた。
「酷いな」
ふんだ。何とでもおっしゃい。
貴方なんてねえ、来年はチョ○エッグどころかチ○ルチョコ1個で充分よ。
ていうか、何だかこの賭けで、彼が甘党じゃない理由がわかった気がする。
――あんだけ頭の中が甘ったるけりゃあ食べ物で糖分摂る必要なんて無いでしょうよ!!
400年来の付き合いとはいえ、なんで私こんな人と付き合ってるんだろう(涙&溜め息)?
誰か、教えてください………
Fin