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サボテン 〜彼女の場合〜
 

「……おい、一体何処行くんだ?」
「…別に、いいじゃない?どうせ貴方には関係ないんだから。」
そう言って私は降りしきる雨の中、小さなボストンバッグを片手にして部屋を飛び出した。そっと振り返ってみても、あの人に追ってくる素振りは少しも見えなかった。
 

───はじめは、それほど大した不満ではなかったの。
こうして一緒に暮らすようになってからは日が浅いけど、その前からお互いに付き合っていたわけだし、それ以上の絆で私たちは結ばれているのは、紛れようもない事実。
でも、それでも。
私はお互い傍にいるのが当たり前、何も言わなくてもお互いは十分に分かり合える───そんな関係に言いようのない寂しさを感じるようになっていた。
だから、私は彼をちょっと試してみたの───
 

それは、昨日の出来事。
「…ねぇ。私って、貴方の恋人……よね?」
部屋の窓際に置いてある小さなサボテンに水をやりながら、私は不意にそんな事を彼に訊ねてみた。
「……当たり前だろ、そんなの。」
「じゃあ、私の事、どう思ってる……?」
「…そんなの、今更言わなくても分かっているだろ?」
彼はしばらく黙っていたけど、ポーカーフェイスを装ってそう応えた。私はついサボテンに水をやる手の動きを止めてしまった。
「…やっぱり、そうくるか……」
小さな溜め息が、思わず洩れる。
「……何が言いたい?」
「…まぁ、別にいいんだけど。でもさ、最近…何か、ちょっと寂しいんだよね。そういうの……」
そう小さく呟くと、私は再び手を動かし始めた。
そしてその後、私は必要最低限の会話以外に口を開く事もなかったし、彼と視線を合わせようともしなかった……
 

それなりに威勢良く飛び出してきたものの、行くあてのなかった私はそのままファミレスに入り、窓際の席へ腰を落ち着けた。
雨の降りしきる窓を見つめながら、ふと置いてきぼりにしてきたサボテンを思い出す。
(少しは私の事、思い出していてくれているのかなぁ……)
自分から出てきたくせに、ふとそんな風に考えてしまう自分がちょっと惨めに思えてくる。
降りしきる雨は、窓越しに聞こえるその音から当分止みそうもないことを告げていた。
でもそれは、今の私にはかえって好都合だった───まるで、私の居場所を隠してくれているような気がして。

頭の中では解っているつもりなの───
私達が、ただの恋人同士ではないということ。何百年も前からの深い繋がりがあったからこそ、こうして呼びあうように出逢えたこと。
でも、感情がついていかない。
わがままだ、って言われればそれまでかもしれないけど。
些細なものでいい───時々、彼が自分の想いを、形に、言葉に、表してくれれば……
だって、私は現在(いま)を生きている。いくら“あの時”の記憶があったとしても、あの時の“綾女”ほど強くはない。だいいち、普通に女だし……
私の気持ちが変わらなかったとしても、これから先もずっと今みたいな関係が続いたとしたら、───そう思うと、不安を感じてしまう。
 

私の目の前の席に、案内されたカップルが席に座った。微笑みあいながら会話を交わす二人が、今の私にはとても眩しかった。
(私達も、前はあんな感じだったのかな……)
思えば、出逢った頃はよく彼に誘い出されたものだった。けれども、それがちっとも苦痛じゃなかった。ありきたりの日常を一緒に過ごしている時間が、とても愛おしく思えた。
それが、どうしてこうなってしまったんだろう───?

そう考えてみた時。
自分も、あの人にちゃんと向き合っていなかったような気がした。
彼の気持ちを聞くのが怖くて“前世”という言葉にすがっていたのは、むしろ自分なのかも知れない。
 

もう、何杯のコーヒーを飲み干しただろう───気づけば窓には、沈み始めた太陽の日差しが差し込んでいた。
(……さぁて、と。今日の夕飯は、ちょっと奮発するか。)
私はファミレスを後にし、いつものスーパーへ向かって足取りを早めた。
 

<Fin>
 

 
 
 

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