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 <ミライノヒトミ>
 

太陽の光も優しさを帯び始め、頬を撫でていく風に冷たささえ感じる。季節は確実に夏から秋へと移ろっていく───時が確実に刻まれたという事実を嫌でも思い知らされる瞬間だ。
もう、二月(ふたつき)も経つだろうか。それとも、まだ二月と言うべきか。
未だ心に漂うのは、空しさと、哀しみ。
“あの戦い”───織田信長を倒し、森蘭丸の野望を阻止した安土城での辛い別れ。そして、何故妖刀がもたらされたのかを知ってしまった瞬間。
 ───自分は、今まで何のために戦ってきたのだろうか?
 ───何故、自分一人がまた生き残ってしまったのだろうか?
あの日以来、拭い去ることの出来ぬ想いが心に大きくのしかかったまま、あてもなく彷徨い続ける日々が続く。
(・・・・・・左近・・・兄上・・・私は一体、どうすればいいのですか・・・・・・?)
これから先、自分の歩まねばならぬ道───その標(しるべ)となるものを見つけることなど、今の綾女には到底出来ぬことであった。            

              *
              *

その日も山中に適当な場所を見つけて腰を落ち着けようと、少し早めに野宿の準備に取りかかった。
いくら暗がりに目が慣れているとはいえ、不案内な道をむやみに進むことは得策ではない───そんな考えをしてはみたものの、本音は別のところにあった。
「どうせ急ぐ旅でもないし、な・・・・・・」
そう呟きながら苦笑した綾女の顔には、どこか空しさを帯びている。
持て余すしかない時間の中、想うことは決して少なくない。しかしその想いは、何故、自分が一度ならず二度までも生き残ってしまったのか───そんな自問自答から、えもいわれぬ罪悪感へと変化し、心に重くのしかかる・・・・・・
時が経てばそれだけ、表情に翳りが見えるようになっても無理からぬ状況だった。
と、その時───何者かが自分に近づいてくるのを感じた。
(敵意はなさそうだが、・・・・・・)
そう心で呟きながら、また少し苦笑した。
香澄の里を離れてこれまで常に周りに“気”を配る生活を続けてきた綾女の、良くも悪くもその研ぎ澄まされた感覚は、こういう時でも衰えを見せることは決してなかった───もっとも、そういう自分にいい加減嫌気がさすことも度々なのだが。
とりあえず、こっちから声をかけてみる。
「・・・そこの御仁。何かこの身に御用か?」
 声をかけられたほうは、かなり驚いたようだった。
「・・・あ、いや、・・・・・・気を悪くしたんだったら申し訳ない。ただ、この辺りでは滅多に見かけぬ人の姿があったもんだから、ちょっと気になってな・・・・・・別に、怪しい者でもないさ。」
格好からして、どうやらこの辺りに住む者のようだった。
「旅のお方かい?」
「・・・ええ、まあ、そんなところです。」
無難な答えを相手に返す。
「この先、少し行った所の小さな村に俺の家がある。まぁ小さい家だし大したもてなしは出来ないが、ここよりいくらかは雨露がしのげると思うがな・・・とりあえず、こんなとこに寝泊りするのはやめにしたらどうだい?」
「しかし、見知らぬ者など招き入れてはそちらに迷惑が・・・・・・」
「大丈夫だって。こんな人気も少ない片田舎の村、そんなこと言う奴はいないさ。それに困った人がいたら助けてやれ、というのが死んだ親父の口癖だったったもんでね。」
そう明るく振舞う青年の気配からは嫌味なものが感じられなかった。
別に困っていた訳ではないのだが───思わず心の中で苦笑いをしながら、かといって断る理由も見つからず、綾女は結局彼の申し出を受けることとなったのである。

              
青年の名前は、平助といった。小さな田や畑を耕し、時には山菜取りや魚釣りをしたりと、自給自足の生活を送っているという。
とりあえず、皆で食べていければ、それでいいんです───道すがら、彼はそんなことをぽつりと言った。
家の戸を開けると、そこには彼の帰りを待つ家族の姿があった。
「お帰りなさい、おまえさん。」
「おとう、おかえりー!」
「おかえりー!」
「ただいま。遅くなってすまなかったな。で、実は、客を連れてきたんだが・・・」
「綾之介と申します。」
「あらまぁ、そうですか・・・私は妻の志津です。ごらんの通りで大したおもてなしも出来ないですが。」
「いえ、こちらこそ突然のお邪魔で申し訳ない。」
「あの人が誘ったんだもの、気にしないで下さいな・・・・・・ほら、太一も奈津もあいさつは?」
母の後ろにくっついている子ども達が、ぺこりとお辞儀をした。
めったにやって来ない客人に、恥ずかしさと興味深さが入り混じった様子で綾女のことを見つめている。
「さぁさぁ、上がって・・・すぐ夕飯にしますから。」
「酒も頼むぞ、志津。」
「はいはい、分かってますよ。」
「・・・志津殿。私に何か出来る事があればお手伝いします。泊めていただけるだけでもありがたいのですから。」
「いいえ、大丈夫ですよ。いつもの事だから・・・それに、貴方に手伝いなんてさせたら、私があの人に叱られるわ。」
冗談交じりの口調でやんわりと綾女の申し出を断ると、志津はいそいそと食事の支度にとりかかった。
奥の囲炉裏で一足先に、家主はくつろいでいた。子ども達は、かまってほしいと言わんばかりに父親の傍からくっついて離れない。
家族と過ごす、ささやかながらも平和な時間───自分の記憶の彼方にある、だがもう二度と味わうことの出来ぬ光景───それが、彼女の瞳にはどれだけ眩しく映ったことだろうか。
「まぁ、綾之介殿。とりあえず上がった上がった。」
平助にかけられた声で綾女はふと我に返り、彼の誘いに応じた。              
そして、結局そのまま───先を急がないのと、断れない自分の性分とで───彼と彼らの周りの人々に勧められたこともあり、しばらくこの地に留まることとなったのである。         
 

畑仕事に薪割り、山菜摘み、川まで行って魚釣り。時には村の子ども達とただひたすらに戯れたり・・・・・・
ここで過ごす一日は、いたって平穏であった───ただひとつ、男手が少ない事を除けば。
それでも、つい数ヶ月前の、血にまみれた日常を思うにつけ、それがあたかも幻であったかのように錯覚させるには十分だった。そして時間は信じられぬほど静かに、ゆっくりと───少なくとも綾女の感覚では───流れていた。 
そんな日々が続いていた、ある日の夜。
綾女は平助と二人、酒を酌み交わしていた。子ども達は母の子守唄で夢の中へと誘われ、母も我が子を寝かしつけているうちに眠気に誘われてしまったようである。
「・・・こんな所からでも、侍たちは俺達を狩り出したさ。ここに生きて戻って来られなかった奴だって、大勢いる・・・・・・」
呟くようにそう言ったかと思うと、男は盃に残っていた酒を一気に飲み干した。
「・・・・・・」
綾女は黙ったまま、平助の盃に酒を継ぎ足す。
「時に、・・・気に障ったら申し訳ないが、綾之介殿は何故このような山中に?」
「・・・・・・私はこの戦で、何もかも失いました。帰るべき家も、かけがえのない人達も・・・・・・」
「そうか・・・逢った時、あんたはまるで死んだような目つきをしていた。どうも訳ありだと思っていたが───まぁ、飲んでくれ。」
促されるまま、綾女も盃を空にする。
「だが、幸いにして俺達は生き残った・・・・・・」
「・・・・・・貴方が羨ましい。私には、生き残ったとて、何のよすがもない・・・どうせなら・・・・・・」
「死んでしまったほうがましだった、とでも言うのか?」
「・・・そ、それは・・・・・・」
綾女は思わず言葉を詰まらせた。
あの戦で、死んでしまっていたほうが楽だったのに───確かに、今まではそう思ってきた。しかし今、そうかと問われて即答出来ない自分に戸惑いを隠せなかった。
「・・・・・・あんたが今まで、どんな道を生きてきたのか知らない。が、生きていればそのうちいい事もあるさ。」
そう言って平助は、奥の部屋に眠っている家族のほうを見やる。
「これから先、俺があいつらに何がしてやれるか分からない・・・・・・だが、これだけははっきり言える。俺達が狩り出された、戦の世の中だけは、味あわせたくはない・・・・・・」
願うように紡ぎ出される言葉、そして家族を見つめる暖かな彼の眼差しに綾女もふと、子ども達の眠る顔へと視線をやった。そして、今日までの日々を思い起こさずにはいられなかった。
(ああ、そうだったのか・・・・・・)
やっと気づいたのだ。
子ども達の無邪気な笑顔や眼差し。夢をむさぼっているその顔の、何ともいえぬ愛らしさ───彼らとの触れ合いが、自分の心の闇にほんの少し光を照らしてくれた事に。
「・・・・・・そうですね。貴方のおっしゃるとおりだ。」
そう言って綾女は、これが最後とばかりに勢いよく盃をあおった。
「・・・明朝、ここを発ちます。私もいつまでもこうしているわけにもいきませんので。」
「・・・・・・引き止めても無駄なようだな。」
その表情から察したのか、平助も敢えて止めようとはしなかった。
「せめて、あいつらにも挨拶していってやってくれよ。」
その言葉に何も言わぬまま、ただ深く頷いた。
              

そして翌朝───
「あなた方には本当に世話になった。何とお礼を申し上げたらよいか・・・・・・」
「・・・まぁ、もしも近くを通る事があったら、また寄ってくれよ。なぁ、志津?」
「そうね。この子達も喜ぶわ、きっと。」
大人達の会話に、子ども達が割り込んできた。
「あやのすけ兄ちゃん・・・もう、いっちゃうのか?」
「いっちゃうの?なつ、さみしーな・・・・・・・」
大きな瞳が、うるんでいる。綾女は子どもの目線まで腰を落とし、2人の頭を優しく撫でた。
「・・・・・・ありがとう。太一、奈津。君達と仲良くなれて、嬉しかったよ。」
「また、・・・一緒に遊んでくれる?」
「くれる?」
「・・・・・・いいよ。いつか、きっとね。」
「約束だよ!」
「やくそくー!」
そういって指切りをしたときにはすっかり、2人に笑顔が戻っていた。
「では、そろそろ行きます。」
綾女はおもむろに立ち上がり、深々と頭を下げた。
「・・・達者でな。」
「・・・平助殿も、奈津殿も息災で。」
そう言うと、別れ難さを断ち切るかのように背を向けて歩き出した。
そして、小さくなっていく背中に平助がぽつりとひと言。
「・・・・・・まったく、あんな格好でごまかしやがって。もったいない事しやがるぜ。」
「あら、お前さん・・・今、何か言ったかしら?」
「・・・あ、いや。俺もお前達のために頑張らないとな、と思っただけさ・・・あいつに負けずに、な。」
───勿論、綾女の耳に届く事はなかったが。
そんな会話を交わしながら、見えなくなるまで綾女の姿を見送っていたのだった。

              *    
              *

綾女の行くあてのない旅路は、相変らず続いている───これからも、おそらく続いていく事だろう。
それでも、彼女の表情に以前ほどの翳りはなかった。
時折思い出す、あの子ども達の表情。そして、その瞳にたたえられた未来の光・・・・・・
自分はおそらく、自分が新しい命を宿し、育んでいく可能性はあるまい───綾女自身は心の何処かでそんな気持ちを抱いている。
それでも、あの子らに、そしてこれから大人になってゆく子ども達に、何か自分に出来る事があるかもしれない───そう思う事が、今の自分の心の救いになるような気がしてならなかった。
 

───そして、妖魔の生き残りが全国に散らばっていったのを綾女が知ったのは、これから程なくの事であった───
 

<The End>
 
 

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