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VOICE (現代版) 

街を歩いていると、ふと肌に感じた冷たい感触。
辺りを見回してみると吐く息は一段と白さを増し、無数の小さな結晶がうっすらと街を覆い始めていた。毎年のことなのだが、この時とばかりにあちこちがイルミネーションで飾られ、街が心なしか浮き足立っているように見えてしまう。
「雪、か・・・・・・・・・」
初雪が降るのはいつもの年ならもっと遅いはずなのだが───そう思いながら空を見上げてみる。こういう景色を見れば普通はロマンチックだとか、クリスマスの時季なりに気分が乗ってくるのだろうかと思うと、居心地が良くないというか何というか・・・・・・
頬に手をやりつつ、ついこみ上げてくる苦笑いを我慢した。

                     ◆

少々躾にうるさい両親と、優しい姉と、昔気質な祖父と。
特別贅沢が出来るというわけではないが、さほど不自由することもなく幸せな日々を送っていた。小さい頃祖父とばかり遊んでいた俺は周りから見たらちょっと変わった奴だったようだが、まあそれでもこのまま何事もなく日々が過ぎていくのだと、漠然と思っていた───時折見ることのあった、不思議な夢の真相を知るまでは・・・・・・
         
その夢の中で俺は、誰もいない、何もない、暗闇の中で“誰か”の名前をある時は心の中で想い続け、ある時は必死に叫び続けていた。
そのうちに呼んでいる名も、呼ばれている名も、夢のたびに同じだということにふと気がついた。
自分には確かに聞き覚えのあるその名の事を、不思議に思って一度だけ両親に尋ねてみたことがあった。
そして、親戚にそんな人はいないと応えた時の少し困惑した表情・・・・・・
もうこの事は訊いてはいけないのだと、幼な心に言い聞かせたのを覚えている。 

 
あれから何年かの月日が過ぎ、否が応にも俺は“あの時”の記憶を思い出した。
当然、その名前の主が“あの時”をともに過ごしていた少女の名前だということも───

                     ◆
 
「・・・綾女・・・・・・」
ふと呟いてみたその名前は、白い吐息に紛れて雪の空へと消えていく。
幼い日の些細な出来事───その時、自分の中の“何か”が小さな音を立ててはじけたような気がした。
今振り返ってみると、もしかしたら俺はあの日からずっと彼女を捜し求めていたのかもしれない。ただ、幼すぎて気づかなかっただけで・・・・・・

お互いがこの時代で再び出逢う。しかもお互いに“あの時”を思い出して───そんな確率など、一体どれくらいあるというのだろうか。空に散らばる無数の星の中から、決められた“一つ”を見つけ出すほうがよっぽど簡単なようにも思えてくる。
けれども。
俺が今、此処にこうしているのには意味があるのだと思いたい。こんな厄介な記憶を思い出した事が、無意味だとは思いたくない。
それに。
“あの時”に言えなかった事、してやれなかった事が、今なら多分出来るだろうから。

───まずは謝るとするか、な。
冗談半分にそんな事を思いながら、もう一度空を見上げ、今度は目を閉じてみる。
顔に感じる冷たい感触───それ以上に、こうしていると彼女を感じる事が出来るような気がした。
だから、今でも心の中で呼び続ける。
この空の下の何処かにいる、彼女に届くように。

<Fin>
 
 


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