Sweet Valentine’sDay???  〜篠原夕美の見解〜  
      (安土城址妖異譚 番外編)
 

 20XX年2月14日。製菓業界の陰謀渦巻く、乙女達の決戦日。 
 北海道はS市某所、フルーツてんこ盛のタルトが美味しい、とあるケーキ屋の喫茶コーナー。
 店の一角の四角いテーブルに、無意味に着飾った女子大生がひいふう……4人。ま、あたしたちのことなんですけどね。
 これがどういう集まりかといえば、同じ大学の同じ考古学ゼミの、今日という日に会いたい人もいないオナゴが集まって、「オトコのためより自分のために! おしゃれして美味しいものを食べまくろう!」という、なんともはやなプチ企画だったりする。
 
 

「――それはそうとー、ねー綾ちゃんv」
 あたしはレモンタルトの一切れを飲み込んで、隣の席に向き直った。
 パールビーズを沢山飾ったピンクのセーターも、裾が斜めにカットされた赤のフレアスカートも今日がお初。うーん、ちょっとむなしい?
 ストロベリーとブルーベリーとブラックベリーのタルトにフォークを入れた綾が、きょとんとあたしを見る。
 ロールカラーのトップスとロングプリーツスカートの、白いニットのツーピース。いつもポニーテールの髪は下ろしている。耳元で3連のチェーンネックレスとお揃いのチェーンのイヤリングが揺れた。
 パステルカラーの明るい店内には賑やかなBGMが流れて、そこここのテーブルから笑い声が上がっている。
 この次に行く店は雰囲気的に騒げる店じゃないから、騒ぎたい話題はここで振ってしまうのだ、ふふふ。
「結局、日向さんに何贈ったのー?」
 そう、この葉月綾ちゃんは、夏休みにバイトで行った滋賀県安土城址の発掘現場で、彼氏を発掘してしまったのである。
 名前は日向彰さん。26歳。安土城址の発掘調査員。
 故に、綾は本当ならここにいるべきではないのだけど、そこは淋しい遠距離恋愛。で、「会いたい人がいるけど会えない」も可!ということにして引っ張り込んだ。
 だって、そりゃもうおちょくって遊ぶしかないでしょう。
 何と言っても、プレゼントを探すためにデパートのお菓子売場7軒お土産物売り場3軒ハシゴしても、迷いに迷ってとうとう決められなかったのだ。(北海道型夕張メロンぺロティだけは必死で止めたけど。)
 さすがに疲れて後日出直すということになって、その日は調査隊の皆様へのお世話になりましたチョコ用に北海道名物生チョコセットを買って終わり。
 その後、日向さんに何を贈ったかはあえて今日まで聞かなかった(笑)。
「あ、あの心霊写真の彼氏でしょ? 綾さんのー」
 聞きたい聞きたーいvと、白黒フリフリゴスロリ服に気合の入った縦ロールヘアの美奈子(こういう趣味とは知らなかったから、ちょっとびっくりした)が身を乗り出してくる。
「ちゃんとした写真、送ってもらいなよー。いい男なんでしょ?」
 紅茶のカップを片手に、理恵は笑う。
 胸元にフリルをたっぷりあしらったクリーム色のブラウスに、ゆったりした焦茶のパンツ。カスタードプディングのタルトを注文した彼女に、服に合わせたの? と言ったら怒られた。
 心霊写真……というのは、あたしが発掘現場で撮った日向さんの写真。二重写しになってしまって、顔の造作が解るかどうかという代物。
 最初は手ブレかなーと思ったんだけど、よくよく見てみれば、被ってる影の髪型が明らかに違う。日向さんはその時肩ほどまで伸びっぱなしの髪を1つに括っていたんだけど、影のほうはおかっぱ頭という……(汗)。
 プリントした写真を見て固まったあたしを尻目に、綾は笑って言ったものだ。「この写真、くれる?」と。
 で、その写真は今、綾が大事に持っている。
 しかし、彼氏の写真を見せろと言われて心霊写真持って来るのはどーかと思うよ、綾ちゃん…… 
 見なさい。みんな日向さんの名前覚えないで『心霊写真の人』って呼んでるじゃないよ(泣)。  
「てゆーか、あたし達が見たいしぃv」
 ああ、美奈子ちゃんてば正直。
 苦笑しながら綾はイチゴを掬い上げて齧った。
「でも美奈子も理恵も、本人見てるはずだけど?」
「え?」
「ほら去年の12月の23日。埋蔵文化財センター主宰の安土城址発掘成果の特別講演会。2人とも行ったでしょ? ――あの時の発表者が、そう。」
 本当は講演会には木暮課長が来るはずだったんだけど、直前に怪我をしたとかで急遽代理で日向さんが来たのだ。
「あの人だったの!?」
「あのすっごい美形!」
 うん、アレは地味にあたしも驚いた。
 そりゃ日向さんはそもそもの素材がいいオトコだけど、あたしは現場での作業着にカメラマンベスト、という姿しか知らなくて。勿論あれはあれで現場の人って感じでいいんだけど(笑)。
 講演会当日、髪を切ってオールバックにまとめ、ダークグレーのスーツを颯爽と着こなした日向さんは、壇上に上がるなり考古学の講演会にはあるべきことか、聴講者(の3分の1ほどを占めた女性陣)をどよめかせたものである。
「目の保養だったわよねー、あの講演会は…」
「あたし、思わず講演内容のメモ取るの忘れちゃったよぉ」
「しっかし羨ましいとかいうより、この場合もうどうせなら二人並んでるトコ見たいって感じよね」
「言えてる言えてる! あの人と綾さんなら絶対絵になるっ」
 うんうん。2人並んでるとほんとに絵になるのよねー。例えそれが砂塗れの作業着やジーンズTシャツ姿であってもねー。
「……って、あれ? なんでそれで講演会の後ゼミの皆とお茶してた訳? 折角、彼氏来てたのに」
 少しばかり非難するような声音の理恵に、綾は肩をすくめて言った。
「だって日向さんは仕事で来てたんだもの。あの後は埋文センターの人達と予定入ってたの」
「じゃ、その次の日は?」
 と、間髪いれずに美奈子。
 12月23日の次は、24日。クリスマスイブ。
「綾さん、東洋思想論と宗教文化論の授業、出てなかったよね?」
「んーそうだったっけね。その節はノートありがとね」
「「「……………………」」」
「……そういえば、あの日ゼミの教室にも顔出さなかったよね。珍しいなーと思ったから覚えてる…」
「…………………………」
「「「……………………」」」
 あのー、それってつまり。
「……あんた、授業サボってデートしてたわね?」
「…………ははは(汗)」
 ははは、じゃないわよ。ったくもー!
 何が仕事で来てた、よ。 
 単位さえ足りてれば大丈夫な大学の授業を、ほとんど皆勤で出席してる、この真面目な綾が! 授業サボって彼氏に会いに行くとは。
 日向さんだって、出張決まったの急だったはずなのに。無理して休み取ったんだろうなあ……
 あーもう、余計な心配しちゃったあたし達がお馬鹿でしたよ。外野が気にする必要全く無し。しっかりラブラブなわけね。
 はい、ごちそうさまです。
「で? それはそれとしてハナシ戻そう、今日の話v」
「そうそう。ねっねっどんなのあげたの?」
 さあて、どんな答えが出てくるか。ココロ込めて手作りか、有名メーカーの綺麗なのか、北海道名物の美味しいのか。
 ……なんとゆーか、おまえらホントに大学生か、中学生じゃないのかという気がしないでもないけど。
 3人分のわくわくvな視線を浴びて、照れたように微笑みながら、綾は言った。
「鮭トバ。」
 ・・・・・・・・・・・・・・・・。
「「「はあ!?」」」
 見事にハモった。 
 説明しよう。鮭トバとは、北海道の代表的な保存食として知られる、秋鮭の身を立て切りにして冷たい浜風にじっくりさらして乾燥させた、早い話がビーフジャーキーの鮭版で、要するに酒のつまみで、見てくれは黒い皮の張り付いた棒切れというか、いや、はっきり言って美味いが。
 が、しかし。
 全国の乙女とか、もうちょっとで乙女とか、ちょっと前まで乙女とかが、甘い夢に浸ってるこの日に。
 貰えるアテのある男も、アテのない男も一縷の望みを掛けてドキがムネムネしちゃってるこの日に!
「どーしてそーいうモノを贈るのよ!?」
「い、いや新巻鮭丸一本でないだけ、ちょっとはマシかも……」
「それはお歳暮ーっっ」
 大騒ぎするあたし達を、当の綾は物珍しそうに眺めながら、もくもくもくとタルトを口に運んでいる。
「でも、スライスをちゃんとハート型に抜いてるのなんだよ? 鮭だから赤いし」
 …………………………バレンタインの定番。お約束の赤いハート。(でも鮭トバ。)
 一応、色気はあると言いたいらしいが。
 だからーどーしてそーいうびみょーなモノを…………
 思わずテーブルに突っ伏したくなったあたし達だったが、大して広くないテーブルの上は、コーヒー紅茶ココアにケーキで埋め尽くされている。そんな真似した日にはとっておきのお気に入りがえらいことになってしまうので、何とか椅子の背もたれに方向転換して脱力し、そろって深い深い溜息を吐いた。
 ぐったり疲れきった3人分のジト目に、綾はちょっと困った顔でお皿に零れ落ちたブルーベリーなんぞをつついている。
「そりゃあね。やっぱりバレンタインなんだからチョコレートを――と思ってたんだよ、最初は。でも、あの人甘い物は苦手だって言ってたし。食べてもらえない物あげるのもなんでしょ?」
 お菓子屋のハシゴ付き合ってくれた夕美には悪いんだけどね……と、綾はすまなそうに付け加えた。いや、あたしはいいんだけどね、面白かったから(綾を見てるのが)。
「お酒――とも思ったんだけど、そもそもどのお酒の何が美味しいのかが今一解らなくてね。だったらお酒は自分が好きな物飲んでもらうとして、絶対美味しいって知ってるそのお供なら一緒に楽しんでもらえるかなーと……」
 うーみゅ。
 綾なりに色々考えた訳だ。別に初っ端からウケ狙いに走ったわけでなく。
 あたしと美奈子と理恵と、3人顔を見合わせる。
 なんというか、確かに、綾は一生懸命だったのよね。この2週間ちょっと。
 長い付き合いのあたしが知る限り、多分間違いなく初めての本命バレンタインで。
 お菓子売り場やお土産物売り場で、これでもかというくらい大量のチョコを真剣な顔して見比べて、足だって使いまくって贈りたい物を探してたのはこの目で見てる。
 郵便局やらデパートやらのバレンタインギフトのカタログ、幾つも捲って唸ってたのも知ってるし、本屋で手作りお菓子の本を矯めつ眇めつしてたのも知ってる。
 それもこれも、気にしなければどうってことのない、つまらない恋人達の記念日とかいうヤツのためで、つまるところは日向さんのためで。
 あーあ。
「……ぷっ…くくくっ…」
 もー我慢できない。あたしはとうとう笑い出して、綾の肩に腕を回してぺったり懐いた。
「かーわいっ。綾、可愛い……」
「やだ、何それ?」
「だってさー、剣道弓道空手をたしなみ、並の男なんかよりよっぽどオトコマエで、小中高とバレンタインにチョコ貰っちゃってた綾がさー。やっぱり女の子だったんだねえ……」
「だから何なのよ、それ……」
「……まあ…なんとゆーか、よーするにぃ…」
 ココアを一口飲んで、美奈子がのほほんと結論を出した。
「…つまり、シアワセなのね。綾さんは」
 そして綾は、同性のあたし達が思わず見惚れてしまうほど、それはそれは幸せそうに、にっこり笑って――
 通りすがりのウェイトレスさんを呼び止めた。
「すみません。洋梨のシャルロット、追加お願いしますv」
 ――ずどっ。
 いつの間にやら、綾の前のお皿だけ綺麗に空になっていた。
「綾……この後、レアチーズケーキの美味しいあの喫茶店行って、それからあのパーラーのビッグパフェ制覇に挑戦する予定なの、覚えてるよね?」
「ん? 覚えてるけど?」
 けろり。
 その後にもまだ控えてるんだけど。いや、この予定がそもそもどうかと言われりゃ確かにそうなんだけど。
 ――うん、解った。とにかく、あんたは幸せなのね綾ちゃん。
 あたしはぽむぽむと綾の肩を叩く。
 気を取り直してとばかりにパンと手を打って、理恵が言う。
「ま、とりあえず、あたし達も幸せになることに致しましょう」
 という訳で、とりあえずの幸せのために。
 あたし達は本日第一番目の目的である、目の前のケーキを攻略すべく、フォークを取り直したのだった。

 遠い琵琶湖のほとりで、彼の人がどんな顔して赤いハートの鮭トバを受け取ったのかは、知らない。
 
 
 
 
 
 
 

※ ハート型鮭トバは、バレンタインギフトゆうパックの北海道版に実在します(笑)。
 
 



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