menu
<音の無い森>

深夜。
纏わりつくような湿気。そして息苦しさ。
目の前のエモノの孕む殺気は、闇に紛れて私を探す。
一瞬。相手が動く気配。
逃がすわけにはいかない。もはや呼吸するに等しく馴染んだ感覚で、念をこめて小太刀を振るう。
迸る青い光。閃光が辺りを支配すると同時に、禍禍しい咆哮が一度だけ、何かの最期を告げる。
光は絶命する妖魔の残像、そして周囲の木々の影を鮮明に焼き出し、夜の森は全ての音を闇に散らして消してゆく。

(これで、また、1つ。)
息を整えている間に。弱まっていく光の中、掻き消えていく妖魔の姿を確認して静かに目を閉じる。
ああ、やはり。
その存在が、全て掻き消える瞬間まで敵意を放つ目の前の影とは、別に。
そう遠くない以前から感じている、気遣わしげな存在が、近くに居る。

「居るのだろう?」

完全に光が消えて後。出てきた声は、自分でも驚くほど低いものだった。
いつからか、想像は確信に。それを期待することは、ひどく残酷なことだと知りつつ私は確認せずにはいられなくなっていた。
側にいてくれるなら、どれほど心強かったであろう存在。
現世に生ある存在としてのその人に、それを望むことは、最早出来ないのだけれども。

案の定、答えは返ってこない。
言の葉はただ、森の中に吸い込まれていっただけ。

「それとも、私がついに妄想に囚われるようになっただけ、か?」

知らず、声が震える。
ひょっとしたら、自分は泣いているのかも知れなかった。
そう。本来ならば。これは妄想でなければならない。
遠くない昔、決して望んでいなかった戦いで命を落としたあの人が、今もここに居てくれると。
どうして、期待できるだろう。
この、血塗られた道を歩き続ける私を見守ってほしいなどと、どうして望むことができるというのだろう。

もし、本当に。今、私が歩いている道が。
あの人が望んでいたような、本来あるべき「人」としてのものに戻っていたら。
例えば、居を定め、伴侶を得て子を育てるような。そんな「女」としての普通の人生に戻っていたならば。
そうしたら、こんな望みに怯えることはなかったのかもしれない。
あの人に、そばに居て欲しいという願望。
あの人が今際の際に望んでくれた、あの人が安心できるような道を歩いていない今、その願いを持つことは酷く罪深い事のようで。

そう。私は戦い続けている。
既にこの世を支配する力の無い妖魔を狩り続ける事は、さして意味が無い事だとどこかで感じながら。
私にとっては悲劇の源に過ぎなかったこの小太刀を、私は今も振るいつづけている。
過去の私を知る者は、今はこの世に無く。
本来の私のあるべき場所も、とうに消え果てた。
それらを取り戻すことは、決して出来ないことだと理解している。
それでも、私は。

まるで言い訳をするように、私は理由を探し続ける。
あの、誰も知ることの無い戦の、たった一人の生き残りとなった今。
それを己の内に秘めて、新たな人生を送ろうと思えばそれも可能なことだろう。
そして、それこそあの人が望んでくれたことだと分かっている、のに。
それでも、なお。
あの里の滅亡から、私に残されたモノは何もなかった。
喪ったものと引き換えに、手にしたのは残酷な真実だけ。
駆り立てられるままに戦いに身を投じてきた、その最果てに見たものは、悪い夢でしかない。
そして。その悪夢は私だけを取り残し、幻のように消え果てた。
全てを操っていたものが消えた今、私に残されたのは「自由」という名の迷宮。
喪ったものを取り戻すことも、今まで来た道を戻ることも許されない。ただ先を。歩き続けなければならない道。
・・・どの道を選び取るかは私自身で決めなくてはならない。

「そうだな。」

1つだけ、深く息を吐いて。
どこか自分自身に言い聞かせるように、私は声を出す。
そう。この道を選んで歩いている以上、「一人」であることを恐れる訳にはいかない。
もし、あの人が側に居てくれているのだとしても。その願いが幻想に過ぎなかったとしても。

「これ以上、お主に迷惑はかける訳にはいかぬ・・・。世迷い言だ。聞き流してくれ。」

図らずも漏れるのは苦笑い。
心配させることを恐れながらも、近くにあの人がいることを期待している自分への。
もし、そうだったとしたら。あの人が、側にいてくれたのだとしたら。この道を歩きつづけることが、逆に優しすぎるあの人を縛り付けてしまうのかも知れないけれど。
だとしても。

歩いていこう。全ての真実を、魂の一番近い場所に握りしめたまま。
あの人がいても、いなくても。

耳を澄ますと、聞こえてくるのは規則正しい心の鼓動。
この先が、どこまで続くのかは分からないけれども。
それでも私は立ち止まるわけには行かない。

不意に。
視界が仄かに明るくなった。雲間から覗く、柔らかな月光が木々の影を映す。
空を見上げて目を閉じ、弱い明かりを肌で感じて呼吸を整える。
ゆっくりと前を向いて目を開けると、その先にあるのは細い道。

いつか。
そう、いつか、遠くない時に。
何故か、あの人に逢える気がする。
そのときに、私は笑って答えられるようになろう。
自分が歩いているのは、自身で選んだ道だと。

それは、私にとっての、陽の当たる出口を見つけるための道なのだ、と。

<Fin>
 

Do you want other side?

menu