menu<君の影>とても暖かい日。
今日は、すごく天気がいいからって、お母さんが少し遠くの公園に連れて来てくれた。
大きな公園。何回かしか来たことがない。
うれしくて、お母さんの手を握って、一生懸命、歩いて。
大きな花壇の近くを、通った時だった。ワタシは、花の中に不思議な字を見つけた。
その漢字には見覚えがあった。
難しい字。まだ教えてもらっていないけど、何故かよく知ってるような気がする花の名前。
だけど。何だか不思議で、ワタシはお母さんの手を離して花壇のすぐ側まで駆けていった。
花壇の真中に、看板。花の名前が書いてある。その下に咲いているのは、何だか「カワイイ」としか言えないような白い小さな花。
濃い緑の葉っぱは大きくて、白いモヤがかかっているみたい。小さい花がたくさんついている茎は、少し地面の方を向いている。
「・・・ちゃん!」
少しあわてた声が聞こえて、お母さんがワタシの後ろに来た。
ワタシの手を握ると、少し安心したみたいにため息をつく。
「だめでしょ?急に走ったら、お母さん追いつけないわ。」
「・・・このお花、なんていうの?」
「え?・・・ああ。これかしら?」
後ろを向いて、上を見上げて。お母さんの顔を見ながら花の名前を聞いてみる。
お母さんは『なんでもない』ように答えてくれた。
「これはね、鈴蘭というの。すずらん。可愛い花よね。お母さん、大好きな花なのよ。」
「・・・らん?」
声に出して、言ってみる。花の名前の、半分だけ。
何だろう、不思議な感じ。・・・これが、『らん』なの?
・・・こんなに、小さくてカワイイ花が?「どうしたの?」
ワタシが変な声を出したからか、お母さんが不思議そうな顔をする。
上手くいえない、いえないけど。
「『らん』って、もっとキレイな花じゃないの? 前見せてもらった写真の『らん』は色んな形があって、大きくて、たくさんの色があったよ?」
「そうねえ・・・。」
お母さんが、困ったような顔をして、鈴蘭は鈴蘭だしねと笑う。
でも、ワタシの知っている『らん』は、鮮やかで、キレイで、目立っていて、すごく冷たくて。・・・あれ?
何だろう。どうして、ワタシ、そんなこと知ってるんだろう。
自分の中の、すごく遠くから。ワタシは『らん』という言葉を思い出していた。
あれは、花じゃなくて。どこか高いところにいるような、不思議なヒトだった。
ううん、ヒトでもなかったのかもしれない。そして、その時、ワタシは・・・。・・・・・・あれ?
変なの。
どうして、ワタシこんなこと考えてるんだろう。
思い出せそうで、思い出せない、不思議な感じ。
モヤモヤした気分のまま、ワタシはしゃがみこんで、小さなベルをたくさんつけた花を摘んだ。
「あ、だめよ! 公園のお花はとっちゃいけません。」
お母さんがあわててしゃがんでワタシの手をつかもうとしたけど、少し遅かった。
ワタシが一本、花を取ってしまったのを見て、怖い顔をする。
「だめって言ってるでしょ・・・折角咲いているのに。お花がかわいそうじゃない。」
「・・・ごめんなさい。」
思わず、花を落としてしまう。
それを見て、お母さんがため息をついた。
「もう折っちゃったものねえ・・・。もうこんなことしちゃだめよ?」
「・・・はーい。」
ワタシが返事をすると、お母さんは怖い顔を止めて、困ったように笑う。
「しょうがないわね。・・・そろそろおうちに帰ろうか。」
「うん。」
お母さんが立ち上がる。こっそり花を拾ったワタシの、反対側の手を握って、歩き出す。
「・・・帰ったら、手をよく洗わなきゃだめよ。お花の汁、手についてるかもしれないから。」
「どうして?」
「鈴蘭には毒があるの。かわいい花だけど、怖いのよ。」
「・・・どく、があるんだ、すずらん。」
思わず花壇の方を振り返る。
もう見えなくなりそうな、小さい花。白い花。カワイイ花。だけど。・・・なんだ、やっぱり『らん』は『らん』なんだね。
やっぱり。どこか遠くでワタシはそう思って。ワタシの中の、消えそうなワタシが笑う。
ワタシの中。遠く遠くに、笑い声が、消えていく。
暖かい日差し。お母さんの手が柔らかい。
多分。ワタシ、もうこんなこと、思い出さない。
こっそり隠した花を、きゅうっと握って、そっと離して。------------君の影が消えていく。
<Fin>