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「星に願いを....」
 

その日の夜明けから、左近のお小言は延々と続いていた。
「だから言ったのだ。うかつなことは願うなと」
わかっている。そんなことはよーくわかっている。
だが、今となってはもう遅いと、反論する気力もなく私はずきずき痛むこめかみを抑えた。

秋も深まり、心安らぐ頃だというのに、私の周囲は昨日までとは対称的な騒がしさだった。
「貴様! 人の妹にいつまで説教しているつもりだ!?」
「そうですわっ、左近さま! 私の綾之介様に!!」
「桔梗〜、道を誤るな〜」
私に小言を言っている赤毛の青年から、今にも泣き出しそうな声を出している男にいたるまで、共通しているのはただ一点。
──足がないこと、だけだった。
 

ことの始まりは昨夜。
見上げた空から、大量の流星が降っているのに気づいたことにはじまった....のだと思う。
「すごいな・・・・こんなものは初めて見る。何か悪いことの前触れでなければ良いが」
"そうだな"
「だが、美しいな。・・・・流れ星に願をかけると願いが叶うと言うが・・・・」
男がやや面白そうに笑う気配が伝わってきた。
"信じているのか?"
いかにもからかうような男の言葉に私は顔を少ししかめて見せた。
「言ってみただけだ・・・・願うだけで叶うなら、そんなに楽な事はないしな」
"いったい、何を願うつもりだったんだ?"
「うん? ・・・・そう、そうだな。お主の姿が見えないのは不便だな」
もう、この不自然な状況にも慣れて久しいが、やはり相手の表情やしぐさが見えないと都合が悪いこともあった。黙っていられるとそばにいるのかいないのかもわからない。
「どうせなら私にだけは見えるようになれば良いのに。
いや、もしいるのなら、他の・・・・兄上や桔梗さんたちとも、もう一度話をしてみたいものだな」
その時、だった。
ひときわ大きく輝く火球が空を流れたのは。
"滅多なことを言うものではないぞ。叶ったらどうする"
「どうせ叶わないさ。そうだろう?」
一抹の寂しさと共に私はそう語り、その後眠りについた。
そして、翌朝目覚めたときには......
ここで、重い溜息と共に私の回想は終了する。
 

「綾之介様、どうなさいました?」
私の溜息に気づいたのか、にっこりと笑って少女が語りかけてきた。
「あ、いや・・・・。あなたには、申し訳ないことをしたと思って・・・・」
溜息の理由はそれではなかったが、私は理性を保つために言うべきことを言わなければならないと判断した。
「なんのことですか?」
「えっ。あのね桔梗さん・・・・私が女だということ、もう分かってます、よね?」
「はい」
ほとんど私の一大決心の質問に対して、しかし少女はにっこり笑顔のままであっさりとそう答え、そのうえで、さらにこう付け加えた。
「綾之介様、性別など些細な問題ですわ」
「些細ではないだろう!」
さすがに言葉につまる私と、悟ったかのようにあくまで笑顔の桔梗さんとの間に、左近が割って入った。
「世の中、男などいくらもいるのだ。何も好き好んで女のこいつに執着することもあるまいに」
まったくもってその通り、と私は頷こうとしたが、ぷいっと彼女は横を向いた。

「綾之介様の入浴を覗いていたような痴漢に、そのようなこと言われたくありませんわ」
一瞬、周りに稲妻にも似た殺気が走った。
殺気の出所はもちろん私自身と、兄・進之助、そして痴漢本人だった。
前者の二人と後者の一人で殺気の向かう先が違うのは言うまでもない。
「それは本当か、左近!」
「貴様、許さんぞ・・・・」
私と兄に詰め寄られて男は軽く舌打ちした。
「余計なことを・・・・おい、待て綾女!」
「待てるか! 私に姿が見えないのをいいことにっ!」
「誤解だ! 死んでからの話ではない!」
「なお悪いわっ!」
怒りよりも目眩を覚えた私の代わりに兄がそう答え、足のない外野同士で取っ組み合いの喧嘩が始まった。
 

それにしてもどうして彼女がそんなことを知っていたのだろう。
どうやら、龍馬殿も同じ疑問を感じたようだった。
「桔梗、お前さん、そがいなこと、どうして知っとったがじゃ?」
「それはもちろん、ずーっと、綾之介様を拝見していたからですわ」
「・・・・、桔梗?」
「ずーっと・・・・ですか?」
「はい、ず────っと」
「・・・・・・」

一瞬の完全自失から私は慌てて我に返った。
「りょ、龍馬殿、大丈夫ですか!?」
可哀想に、今の彼女の発言にこの兄上は倒れそうになっている。
「綾之介・・・・この責任は取ってくれるんじゃろうなぁ!」
「ちょっと待て! それが綾女の責任か!?」
取っ組み合いをまだ続けていた二人が、ほとんど同時に叫んだ。

「龍馬殿と申されたか。妹御のことでは、綾女がご迷惑をおかけしたようだ・・・・しかし、考えようによっては、妹御の想い人は綾女でよかったかもしれませんぞ。
万が一、相手がこの男だったら、その日のうちに手篭めにされていたかもしれませんからな。
なにせ、『早手の左近』というくらいで」
「ふむ、確かに」
「誰が『早手』だっ! 疾風だ、疾風っ!」
男の叫びが全員に黙殺されたのは言うまでもない。

自分の訴えが無視されたと知ると、左近は話の方向性を変えたようだった。
わざを声を低めて兄上に声をかけた。
「そんなことをいっている場合か!
 このままでは、綾女はあの小娘に押し倒されかねんぞ、義兄上」
「きさまに義兄上呼ばわりされる覚えはなーい!」
見事に論点が食い違っている。
兄はこんな人だったろうかと、私は自分の記憶を洗いなおしたくなってきた。
「お約束じゃのう」
しみじみと語られたその一言にその気力も失せたが。

「まあ、確かに綾女がこのお嬢さんに押し倒されるのは問題だな。
・・・・・・いや、しかし、綾女を他の男にやるくらいなら、いっそ娘に押し倒された方が・・・・」
私は自分の足元が傾くのを感じた。
「馬鹿なことを言わないで下さい、兄上!」
「他の男ってのは何だ! おい、綾女! お前、この男に何もされてないだろうな!!」
「当たり前だ! 何を言い出すか、貴様!」
思わず頭を抱えた私に代わっての兄の返事に返ってきたのは少女のぼそりと洩らされた一言だった。
「今ひとつ信用できませんわ・・・・」
 

こんなやり取りが、日の出から日の入りまでほとんど延々つづいた。
しかし、自分の影が長くなるにつれ、私はあることに気づいた。
少しずつ、彼らの姿が薄くなっている──?
「そろそろ、時間切れか・・・・」
私の顔色に気づいたのか、左近が苦笑するように言った。
その声も、少し遠い。昨日までの、肉声とは明らかに異なる声で語っていた彼のように。
「どういうことだ?」
「こんな無茶がそんなに長く続くはず、ありませんもの。そろそろまた、お別れですわ」
「そんな・・・・」
「ま、そがい言うても、わしらからすれば大して変わりはないんじゃがな」
絶句する私に兄が笑った。
「そんな顔をするな。姿は見えずとも・・言葉を交わすことはできずとも、私たちはいつでもお前を見ているのだから──まあ、風呂の中まではやりすぎだが」
私はその言葉に頷いて視線を左近に転じた。
「お前は?」
男は不敵としか呼び様のない顔で言った。
「あまく見られたものだな。俺が今さら『あの世』などに行くと思うか?」
「それもそうだ」
私は思わず笑った。
 
 

それから間もなく彼らの姿は消え、結局もとのように声だけでしか存在を確認できない男だけが私のそばに残った。
なかなか寝付かれない夜だった。
「それにしてもすごい騒ぎだったな」
"まったくだ"
男の声の調子は憮然としていたが、私にすれば「人事みたいに言うな」というのが本音だ。
「・・・・だが、久しぶりに本当に楽しかった。
 もう一度くらい、こういうことがあってもいいいな」
その時、だった。
彗星とも見まごう星が落ちたのは。
"・・・・滅多なことをいうなと、俺は昨夜言わなかったか?"
私が男に反論できなかったのは、言うまでもない。

<fin>
 

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