「ひるさがり」
 
 



 
 

障子越しに、晩秋の弱い日差しが部屋を照らしている。
ときたまうつろに響く軽い咳の音だけが、その部屋でする唯一の物音だった。
 

熱でぼうっとして、思考がまともに働かない。
指一本動かすのも億劫で、左近は夜具の中でマグロになっていた。
「入るぞ」
人影が映った、と思う間もなくカラリと障子が開き、薬湯と白湯を手にした綾女が現れた。
「起きられるか?」
「あ゛ー」
なんとも情けない返事と共にのろのろと起き上がると、碗を受け取り一気に飲み干す。続いて出された白湯も飲み干し、ばったりと夜具に倒れこんだ。
そんな左近を、綾女は珍しいものでも見るような目つきで見つめている。
「……何だ?」
水分を摂って、幾分は滑らかに出るようになった声で問う。
「いや、今まで大の男が風邪で寝込んでいるところって、殆ど見たことないから珍しくて……」
「………………珍しい、ね」
ただでさえ脱力していた四肢を左近は更に脱力させた。
心配している目つきではないと思っていたが、『珍しい』とは……
少々ではなく、へこむ。
「いや、でもまあ川に落ちた子供を助けてひいた風邪なんだから、これも名誉の負傷の一種だよな」
「なんだったら要るか? 今ならお買い得だぞ」
「大変そうだからいい」
綾女の返事はにべもない。
左近の口元から、ふっと軽いため息が漏れた。
 

「じゃあ私はそろそろ戻るけど、何か欲しいものとかある?」
空になった碗を片付け、寝乱れた夜具を直したところで綾女が尋ねた。
「ある」
「何?」
左近は、近づいてきた綾女を見ないで天井を見つめたまま呟いた。
「人肌」
「………っ」
綾女が赤面し硬直した瞬間、肩口にゆっくりと抱きつく。
「殴られたいのか」
腕の中、怒気もあらわに拳を固める綾女に、左近はゆったりとした笑みを浮かべた。
「病人を殴るのか?」
「この態度のどこが病人だ」
「知らないのか? 病人っていうのは、普段よりも甘えたがりになるんだぞ?」
「こんなガタイの良い男に甘えられたって嬉しくない」
「酷いな」
くつくつと、今度は声をたてて左近は笑う。
腕の中から綾女を解放してやると、今度はごろりと彼女の膝に頭を乗せた。
「……っ、おい!」
だが、左近の耳は健康な時でも不健康なときでも都合の悪いことは聞き流す素敵な耳だ。綾女の抗議の声は速攻、聞き流された。
「気持ち良い…… 眠い……」
そのまま、本当に寝息をたてて寝入ってしまう。
 

左近を膝枕したまま、綾女は途方にくれた。
「お〜〜い〜〜」
殴る、などとつい口走ってしまったが左近の熱はまだ高い。こんな状態の男を殴るのは、やはり人としてどうかと思わせられる。
でも、このままでは腹の虫が治まらない。
そこまで考えて、はた、とあることを綾女は思いついた。
「……要は、拳に訴えなければいいんだよな」
ひとりごちて、おもむろに懐から矢立を取り出す。
「何を書こうっかな〜」
寝息をたてている左近の顔に、綾女は、たっぷりと墨を含んだ筆先を落とした。
 


 
 
 
SYKさんのコメント(チャット時に、このお話を書いたわけをふぃるさんに訊ねられて)

「や、もうあのダメさと甘えたぶりに萌えたとしかいいようが・・・。
(補足。1枚目の着色前は、余白部分に「ダメ左近」と殴りがきしてありました)」
 

わらびさんのコメント

「文章がはまりすぎていて、私の方が後に描いたっけ?と、しばし考え込みました。
私が考えなしに描く左近は、ダメ左近になってしまいます。」