ヴァレンタイン前夜

女性というものは、どうしてこんなに楽しそうにするのだろう?
そんなに楽しみな行事なのだろうか?

目の前には山積みのトリュフ。
キッチンに広がる、これでもかという程の甘い香り。
何でも友達やら何やらに配って回るらしく、トリュフの製造工場と化している。

あまり見た目の良くないものが、すでに幾らか避けてある。
その中から1つ、つまむ。味は悪く無い――多分。

「未だ創るの?」呆れて尋ねると
「うん。もう少しだけね♪」と返ってきた。
相手はお隣で幼馴染の綾姉。ここは綾姉の家のキッチン。

「蘭も楽しみなんじゃないの、ヴァレンタイン」
「…別に」
『蘭』と呼ばれるのは好きじゃない。
むしろ不快で、他のヤツらがそう呼んだなら血祭りにあげる。もちろん証拠は残らないように。
だけど綾姉から紡がれると不快感は無い。
何かの呪文のようで、特別な心地よさのようなものを感じるくらい。

「女の子にモテるんでしょう?毎年たくさん貰ってるんじゃないの?」
「…断ってるよ。本命以外は貰っても仕方ないし…
気持ちは嬉しいけど、期待させてもお互いに苦しいだけだよ」
――これは本当。
想う方も想われる方も、苦しい。
自分も同じ「コイゴコロ」を抱えて居る身だから尚更に殺してしまう「想い」が痛い。
だから余計な期待はさせない。早く次の恋へ進めるように。
「…言うわね。って毎年私にはたかりに来てませんでしたっけ?」
最後のトリュフを作り終えて、綾姉は肩をすくめた。
ほっぺたにチョコが少しついてるよ。美人が台無しだ。
「綾姉は特別。他に貰ってくれる人が居なかったら寂しいだろう?」

「本命にもあげるの?」
尋ねた途端、ラッピングをしていた手が滑った。
あぁ、何て解り易いんだろう…。
山のようなトリュフの中から特に形の良いもを選別しての、特別なラッピング。
きっとアレが本命に渡される物なのだろう。

楽しそうにラッピングする綾姉を見ながら、嫉妬している自分に気付く。
――らしくないなぁ、我ながら。
腰掛けていた椅子から立ち上がると、綾姉の頬にキスをしてチョコを舐める。
そしてそのまま耳元で言ってやった。
「もしダメでも、両手広げて待ってるよ」
ご馳走様と片手を軽く上げ、帰宅しようとした背中に「もぅ!」と綾姉は声を荒げた。
どんな顔をしていたのか解る――だいたいはね。